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第十章


 こうして、春吉の多忙な毎日が始まることとなる。

 翌早朝、春吉は他の二人を待ちきれず、一人起き出しては、ランプに灯をともして装置を眺めていた。
 程なくして老人が寄ってきた。「こいつの動力源を点検せにゃならん。来るか?」
 春吉はこくりと頷いた。

 老人はランプを手にすると、ぐっすり眠っている綾華を残し、ここへ入ってきたのとは別の通路に向かった。春吉が後に続く。
 軽い登り勾配の通路を少し進むと、また空間に行き着いた。ここは先程までの空間と比べると、大分狭い。老人がランプをかざすと、羽根のついた大きな車輪が空間一杯に浮かび上がった。

「水車じゃ。こいつで動力を起こす」
 老人は、あちこち叩いたり蹴ったりして強度を試していたが、やがて「うむ、使えそうじゃな」と呟き、満足そうな表情を浮かべた。

 二人は、更に奥へと進んでいった。だんだん上りの勾配がきつくなっていくのが、春吉にも感じられた。
 かすかに水の流れる音が聞こえてきた。歩くにつれて、それは次第に大きくなっていった。

 出口は山の斜面にあった。外は白々と明け始めた頃で、すぐ下を小川が流れているのが分かった。
 通路を一歩出たところに、大きな鉄製の輪があった。それは、真下にある同じく鉄製の扉に繋がっていた。

「ここから水を取り込んで、さっきの水車を回すのじゃ。こいつを回すと扉が開く。さ、手を貸せ」
 二人は、錆びて固くなった鉄輪を力いっぱい回して、取水口を開けた。すっと、水が吸い込まれていく。

「さて、回っているかな」二人は、元来た道を引き返していった。
 水車はゆっくりとだが、安定して回っていた。ただし、動力を伝えるための歯車が一時的に外されているため、空回りしているだけではあったが。

 元の空間に戻ってみると、既に明かりが点っていた。
 見ると、綾華がせっせと拭き掃除をしている。
「二人とも早いのね」老人と春吉の姿を見つけて、綾華が手を止めた。

「よく明かりのつけ方が分かったのぅ」老人が感心するように言った。
「昨晩、おじさまのすることを見てたから。様子でね」と、綾華。
「その水は?」老人は、拭き掃除に使っているバケツに目をやった。

「あそこから」
 綾華は片隅を指差した。そこは、かまどや焜炉、流し台といった、台所としての機能を持った一角だった。小さな水汲みポンプも備わっている。

「最初は錆がすごかったけど、少し出してるうちにきれいになったわ。だからお湯もほら」
 囲炉裏に掛かったやかんからは、ちょうど湯気が出始めたところだった。

「では、食事の支度を頼むとするか。わしらはもう少し仕事があるでな」と老人が声をかけると、すかさず、
「もうしてあるわ。ほら」と、綾華は再び台所を指差した。

 見ると、焜炉には囲炉裏と同じく灯が入っていて、なべが掛けられていた。
「昨日の残りの材料で雑炊を作っているわ。味付けは、おじさまのとは違うかもしれないけど…」綾華にしては、珍しく自信がなさそうな言いようだった。
 そんな綾華に、老人は不思議な笑みで応えた。

「さ、朝飯前に一仕事じゃ」
 老人は春吉に指示を出しながら、整備のための道具や油類を、周囲の箱や袋から引っ張り出してきては、装置の回りに並べ始めた。

 そうこうしているうちに、朝ご飯の支度が出来た。
 三人は囲炉裏を囲んで食べ始めた。味は、老人のそれとは明らかに違っていたが、これはこれで十分いけるものだった。二人の反応を見て、綾華の表情がいつものそれに戻った。

 食事の後、綾華も交えて三人は装置を分解し、きれいに磨いた後、再び組み立てた。それは、昼食を挟んで夕刻まで続いた。
 最後に、水車からの動力を伝達するための連結棒を接続して、整備は完了した。

 老人は、例の扉の奥から、いくつかの袋と壜を取り出して、装置に何箇所か有る蓋を開けては、中身をそれぞれ注ぎ込んだ。
「これでよし。水車の動力を繋げてくれや」

 老人に言われて、春吉は水車室に飛んでいった。梃子を操作して、外れていた歯車をしっかりと押し込む。
 水車の動力が連結棒に伝わり、装置内の粉砕攪拌機構が動き出した。
 七年ぶりの稼動にも関わらず、装置は順調に機能しているようだった。

「さっきから気になってたんだけど、なぜ青い石を動力に使わないの?その方が手っ取り早いと思うけど」
 装置を見守りながら、春吉は老人に尋ねた。

「以前、試したことがあったが、結局駄目じゃった。青い石は力が強すぎて、そのままでは回転が速くなりすぎてしまう。そこで減速させにゃならんのだが、そのために機械を使うと、どうしても回転が均一になってしまう」

「どうも、石の精製には自然の持っとる微妙なゆらめきが必要なようでの。それを実現するには水車が最適、という訳じゃ」
 春吉には、老人の言う意味がよく分からなかった。が、今の春吉には、これ以外に方法がないことが分かっただけで、十分だった。

 老人はしばらく装置の様子を見ていたが、「大丈夫そうじゃの。あとは待つだけじゃ」と、装置の傍らを離れ、板の間に腰を下ろした。綾華が煎れてくれたお茶を、旨そうに飲む。
「どれくらい?」春吉が勢い込んだ。
「五日ってところじゃな」老人が、お茶を啜りながら応えた。

「それまで待ってるだけ?」春吉の顔には、不満そうな表情がはっきり出ていた。
「そうつまらなそうな顔をするな。いいものを見せてやる」
 お茶を飲み終えた老人は、意味ありげな笑いを浮かべた。

 三人は、水車の脇から別の通路に入った。取水口への道よりさらに勾配がきついため、階段状になったその通路の先にあったのは、やはり広い空間だった。
 老人が電気を点けると、春吉の目が丸くなった。

 春吉の目の前にあったのはまぎれもない、飛行機だったのだ。

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