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第九章


 老人を先頭に、三人は穴の中へと入っていった。
 ランプに照らし出されるその坑道は、くねくねと何度も折れ曲がり、途中何個所もの分岐に遭遇した。その度に老人は、少しも迷うことなく奥へと進んでいった。

 一行は、やがて広い空間へと行き着いた。
 老人は壁際に寄ると、据え付けられている装置の蓋を開けた。中から、硝子製の容器を取り出す。容器の中には例の青い石の欠片が、仄白い光を放っていた。
「暫くは持つな」老人は容器を再び元の場所に戻した。

「奴等に気づかれないか?」春吉が不安そうに尋ねた。
「この石の精気は、土によって遮断されるという性質でな。じゃから、ここから外に持ち出さなければ大丈夫じゃ。途中の道が折れ曲がっていたのも、精気が直接外に漏れ出さないようにするためなのじゃ」

 老人は、装置についている取っ手を押し下げた。
 一瞬の後、空間がまるで昼間のように明るくなった。あちこちに取り付けられた電球が、一斉に灯ったからだった。
 春吉と綾華は眩しそうに手をかざしていたが、目が慣れるにつれて、辺りをキョロキョロと見回し始めた。

 そこはちょっとした講堂並みの広さがあった。壁際には様々な大きさの箱や袋、線材の類が無造作に並べられている。
 そして中央には、身の丈の倍以上もある、何やら複雑そうな装置が据えられていた。

「すごい…」春吉はそれだけ言うのが精一杯で、後は言葉が続かなかった。
 綾華も、目を丸くしている。
「驚くのは早い。まだまだ他にもあるでな」老人が呟いたが、二人の耳には届いていないようだった。

 ただただ呆気に取られている二人に向かって、老人は片隅にしつらえられた板の間を指し示した。
「ま、ちぃーとばかり埃っぽいが、適当に腰を降ろしてくれや」
 三人は、めいめい担いでいた荷物を板の間の脇に降ろしてから、上がり込んだ。

 板の間の中央には囲炉裏が切ってあって、既にほのかに赤く光っている。よく見ると、直火ではなかった。
「これも明かりと同じで、青い石の精気から起こした電気を使うとる」と、老人。
 見る間に輝きを増し、暖かさが伝わってきた。
 老人は、荷物の中からやかんを取り出し、竹筒から水を注ぐと、囲炉裏に掛けた。

「あれ、見てもいいか」春吉の目は、明かりが灯ってからというもの、装置に釘付けだった。
「触るでないぞ。もろくなってるかもしれん」
 春吉は飛ぶようにして装置に駆け寄ると、興味深そうに眺め回した。

「これ、何する機械?」春吉が声を張り上げた。
「青い石を精製するためのものじゃ」
「動くのか?」

「おまえさんが動くようにするんじゃ」
「そっか、そうなのか…」それっきり春吉は無口になった。

「さて、と」老人は立ち上がり、奥の壁に歩み寄った。  壁には大きな扉が取り付けられていたが、老人はそれを開くと、中からいくつかの袋を取り出した。
 そのうちの一つを開け、中身を出してみる。茶色い豆だった。

 匂いをかぎ、しゃぶってみた老人は、
「ほう、まだ大丈夫そうじゃ」
 満足そうに頷くと、袋を抱えて板の間に戻った。

「こっちへこい」
 しばらくして、老人が春吉を呼んだ。
 熱心に装置を眺めていた春吉が行くと、老人が何やら飲み物を入れていた。

 春吉は差し出されたものを見た。見たことのない茶色の液体が、半分ほど満たされていた。
 がぶりと飲む。が、次の瞬間、土間に向かって一気に吐き出した。
「にっがーい」

 老人と綾華は、顔を見合わせると笑い転げた。
「そうか、初めてか」と、老人。
「これは珈琲という、西洋の飲み物じゃ。子供には早すぎたかの」

「はい、これを混ぜて」綾華がお腹を抱えながら、砂糖の入った袋を差し出した。
「最初から出せよな」春吉は袋をひったくると、たっぷりと注ぎ込んだ。

 老人は、その他の袋の中身を出して見せた。
「米、大豆、人参、大根。これらは皆、冷凍乾燥したものじゃ。味はともかく、食えることは食えそうじゃな。今晩はこれで雑炊を作るとして…」老人は綾華を見た。「お嬢ちゃん、料理は得意かな?」

「学校の実習では、やったことあるけど…普段はみんながやってくれるから…」自信なさそうに綾華は答えた。
「ま、お手並み拝見といくかな」老人が笑った。

 春吉の意味ありげな視線を感じて、
「だ、大丈夫よ。これでも女学校の成績は優秀なんだから…」綾華は弁明した。
「成績と料理と、どう関係があるのかね」春吉も黙ってはいない。
「…」

 二人の会話にはお構いなく、老人は慣れた手つきで雑炊を作り始めた。
 途中の野宿でもそうだったが、食事の用意は全て老人がしていた。缶詰が主な材料だったが、老人がちょっと手を加えたお陰で、とても即席食とは思えない味に仕上がっていたのだった。

 暫くして雑炊が出来上がった。多少淡白ではあったが、七年も前の食材とは思えない出来だった。
 人心地ついたところで、春吉は再び機械に張り付いた。
「よくもまぁ、飽きずに」綾華は呆れ顔で言った。

 老人は、暫くぶりに訪れた隠れ家に変わりがないか、あちこち歩き回っては確認した。
 その間、綾華は板の間に座ったまま、春吉の姿を眺めていた。
 その表情を見て、老人はにやっと相好を崩した。無論、綾華は気付いていない。

 再び板の間に戻った老人は、
「二人とも長旅で疲れたじゃろ。今日はこれまでじゃ。あとは明日にしようや」
 と持ちかけた。

「もうちょっと」春吉は未練たっぷりに言った。
「なに、機械は逃げはせんぞ」老人は茶化した。

 春吉はそれでも不満気だったが、結局、老人に従うことにした。
 三人は、野宿用の毛布に包まって、囲炉裏を囲むようにして横になった。
 老人が電気を消した。後には囲炉裏の灯だけが、ぼうっと薄赤く、辺りを照らし出すのみだった。

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