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第十一章
春吉が目の当たりにしている機体は主翼が一枚で、あの代々木で見たうちの一機に良く似ていた。
骨組みと一部の外板は木製のようで、要所には金属板が貼り付けてあった。翼には布が張られ、補強のために数本の鋼線が翼と胴体を繋いでいて、どこから見ても西洋製の機体に引けを取らない、本格的なものだった。
「すごい」
春吉はそれだけ言うのが精一杯で、あとはただ呆然と眺めるだけだった。
「これ、乗ってもいいか?」
しばらくして我に返った春吉は、恐る恐る口にした。まだ、信じられないのだ。
「いいとも」老人はにっこり笑った。
春吉は、胴体中央付近にある操縦席に座った。老人は両足の間に突き出している棒を差し、
「操縦桿じゃ。こいつで姿勢を変える」
春吉が動かしてみると、主翼の後ろの反り具合が変化した。
「方向はそれ、その足の先」
見ると、奥のほうに踏み板がある。板を踏むと、尾部にある方向安定板の後端が左右に動いた。
春吉は、踏み板とは別に、体のほぼ真下にペダルがあることに気づいた。慣れ親しんだ、自転車の部品が使われている。チェーンが前方へと延び、その先は機首のプロペラに繋がっていた。
ここへきてようやく春吉は、この機体にエンジンが積まれていないことに気づいた。
「こいつは、動力を積んでいないグライダァというやつに、人力でプロペラを回す仕組みを加えたものじゃ。といっても、人力だけで飛ぶのは普通の人間には無理での。せいぜい姿勢を立て直すのに使える程度で、まぁ、ほんの気休めじゃな」老人は淡々と説明した。
春吉は試しにペダルを漕いでみた。プロペラは回ったものの、えらく重い上に妙な引っ掛かりもあって、もちろん整備すれば軽くなるだろうが、それでも機体を飛翔させることなど無理な話だということが、直感的に分かった。
操縦席から降りた春吉は、隣にもう一つ、別の機械があることに気づいた。
飛行機に目を奪われていた春吉は、これだけ巨大であるにもかかわらず、それまで全く気づかないでいたのだ。
「西洋にダァビンチという天才がおっての。そやつの設計したものを参考に、わしが考案したものじゃが、飛行機というより浮遊機とでもいうような代物じゃ。安定が悪いのが欠点じゃな」
それはまるで、漏斗(じょうご)のような形をしていた。底の部分が大きく円盤状に張り出していて、そこに人が乗るのだろうことは想像がついた。が、肝心の浮力源が見あたらない。
「これは、どうやって浮くんだ?」春吉は機体の周りを回りながら、浮力源を探した。
「石の力で、中心にある軸を回転させる。そうすると、軸についた羽根が、上から吸い込んだ空気を押し下げて圧縮し、底の穴から吹き出す。それで浮く訳じゃ。進む方向は」老人は、四隅についた細管のうちの一本を指し示し、「ここから出る空気の量を調節して決める」
春吉は、頷きながら老人の話に耳を傾けていた。といっても、全てが理解できたわけではなかった。ただ、いずれ整備が済んで試験飛行になれば、否が応でも了解することになる、という意識はあった。
「これだけのもの、いつ、どうやって作ったの?」
それまで、二人の後ろに隠れるようにして立っていた綾華が訊いた。
「んー、作り始めてからは、かれこれ四十年になるかの」老人は遠くを見つめる目をした。
「四十年…」二人が声を揃えた。
「全部じいさんひとりで作ったのか?」春吉が、疑問混じりで訊いた。
「まさか。その時々に助手がおったさ。お前のようにな」
老人が、顎で春吉を指し示した。
「その人達はどこに?」今度は綾華。
「ほとんどが外国におる。やはり機械の本場は西洋じゃからの」
老人が、懐かしむような表情を浮かべた。
しばらく余韻に浸っていた老人の表情が、動いた。
「さて、まだあるぞ。こっちじゃ」
「まだ?」春吉はぽかんとした顔になっている。すでにここにある二機だけで、春吉の理解力は飽和しきっているのに、この上まだと言われてもピンとこなかったのだ。
老人は、部屋の隅の階段に歩み寄った。階段は下に続いていて、ここが二階に相当することが分かった。
老人の後に、二人が続いた。
階上から漏れてくる明かりに薄く照らされた『それ』は、決して狭くはない一階の空間を、威圧するように鎮座していた。形は算盤の珠に似ていたが、とにかく大きい。
「これもダァビンチの発案を改良したものでの。戦車(いくさぐるま)と呼んどるが、中に入って移動しながら、この大砲(おおづつ)で敵を蹴散らすものじゃ」
老人は、傘の骨のように周囲に向かって突き出した、黒光りする鉄の筒を叩きながら言った。
「これ、全部整備するのか」春吉の声には、さすがに弱音ともとれる響きがあった。
「おそらく全部使うことになるだろうからな。ま、そうならなければ、くたびれもうけじゃが、それはそれでよし、じゃ」
老人は破顔一笑したが、春吉はその背後にある、決意のようなものを感じとっていた。
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