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第十三章
三人が格納庫に戻ってみると、部屋がほんのわずかだが、暖まっていた。暫くすると、レールの下をはじめ、あちこちから白い湯気が上がり始めた。下のボイラーで発生した蒸気が、パイプを伝わってここに流れ込むようになっているのだ。
春吉は、天井から下がった鎖の先端を機体にかけ、傍らのハンドルを操作した。すると、蒸気を利用した巻上機が滑車を介して機体を持ち上げ、レールの上に載せる。
次いで、機体下部中央付近にある突起を、レールの中にあるコマの突起に引っ掛けた。
さらに春吉は、隅に積んであった円筒状の物体を、主翼の下、左右に一つづつ取り付けた。
無論、全て老人の指示によるものだった。
老人が別のハンドルを操作した。すると正面の壁が、やはり蒸気の力で開いた。外は緩やかな斜面だが、すぐ正面は隣の山が迫っていて、春吉がどう考えても離陸できる状況ではない。
老人は、綾華をレールの横にあるレバーのところに立たせた。
「わしが合図したら、この梃子を手前に引いてくれ。いいな」
「はい」少し緊張気味の綾華が答えた。
「さぁ、座れ」老人が指示した。
「おれ、操縦なんて出来ないよ」春吉は、珍しく弱腰である。
「大丈夫。わしが後ろで指南する」
老人の言葉に推されて、春吉はおずおずと操縦席についた。
老人は操縦席のすぐ後ろのパネルを外し、翼下につけた円筒の後端から出ている紐を持って、乗り込んだ。
春吉は、依然不安な表情を隠せない。
「まず足は踏み板に掛けずに、しっかりふんばれ。それから操縦桿を両手でしっかり握れ。そして、外へ出たら、力いっぱい引くんだ」老人がアドバイスした。
老人は懐からマッチを取り出し、紐に火をつけた。しばらく燃え具合を見ていたが、
「嬢ちゃん、今だ」と叫んだ。
促されて、綾華はレバーを引いた。
その途端、機体は突然、ものすごい勢いで前進を始めた。開放された蒸気の圧力で、レールに内蔵されたコマが押し出され、そのコマに引っ掛けられた機体もまた前進を始めたのだ。
機体はあっという間に、外に弾き出された。
直後、主翼の下でしゅーっという音がしたかと思うと、それはすぐに、ごーっという音に変わった。同時に、一旦減速しかけていた機体が再び加速を始め、春吉はのけぞった。
目の前に、正面の山が急速に接近してくる。
パニック状態で固まっている春吉の後ろから手が伸び、操縦桿を引いた。目の前がすーっと開け、空だけに変わった。
春吉の顔のすぐ右脇に、老人の顔があった。
「翼の下を見てみろ」春吉の耳元で、老人の怒鳴り声が聞こえた。
さきほど老人が火をつけたものが、白い煙の束を吐いている。
「火薬式の推進器じゃ。こいつで一気に駆け上がる」
春吉の目には、どんどん小さくなっていく山並みが映っていた。
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