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第三章
スチュワート博士とクリスの二人は、格納庫内に設置された二つあるラボのうちの一つ、ユニットBの扉の前に立っていた。扉はすでに開いていた。
「イサオ、いるのか?」博士が声を掛けた。
「はい」
中から若い男の声が返ってきた。顔を出したのは、研究室の学生、イサオ・ヤマモトだった。
今回の調査にスチュワート研究室から参加したのは、この三人である。
「さすが、勉強熱心なヤマモト君は違うね、僕とは」
クリスがさっきと同じ調子で、冷やかした。だが、イサオは全く意に介することもなく、ただにこにこしているだけである。
クリスは、またかといった風に天を仰ぐと腕を振った。イサオは、彼の皮肉が唯一通じない相手だったのだ。
「ざっと見た限りでは、特に異常はないようです。これから検査器類のチェックを始めます」イサオが報告した。
「頼む。さて、我々はユニットAだ」
博士はクリスを促して、隣のユニットAへと向かった。
ユニットAは観測用であり、惑星に降りる前の予備調査や、惑星に降りた調査隊を上空からサポートするために使われる。それに対し、ユニットBは解析用で、惑星から持ち帰った品々のクリーニングや分析を行うため使われる。今回の調査では、クリスが観測担当、イサオが解析担当になっていた。
「自己診断完了。異常なし」
ユニットA内。
観測装置のチェックをしていたクリスが報告した。
ユニットBの点検を終えたイサオが入って来るのを待って、博士はマイクに向かい、
「船長、探査機を全面スキャンモードに移行して下さい」と、要請した。
「了解」船長の声が戻ってきた。
探査機とは、かつて宇宙軍が最初にこの星系を訪れた際に、惑星の静止軌道上に残していったもののことである。
ここに遺跡があるらしいという情報をもたらしたのも、この探査機だった。
宇宙軍は、新たに進出した星系では、既に述べた三つの目的に沿って調査を行うが、一度の滞在で全ての調査を終えることは不可能である。そのため探査船は、惑星、主な衛星を順に回って基本的な情報、すなわち、組成、温度、重力、大気の有無や成分等を収集分析して、目的に適いそうな星を選び出す。
次に、選ばれた星に探査機を配置してデータを蓄積し、何年か後に再び訪れてデータを回収する。
あとは地球に持ち帰ってそれぞれの専門家が解析して、有望であればより大規模な調査へ、という手順になっていた。この方法は、当初から一貫して変わっていない。
船長の操作により、それまで静止軌道上に位置していた探査機が動き出した。同時に、惑星表面からのデータが送られ始めた。
ラボの受信機がそれをキャッチし、リアルタイムに解析する。
「大気は、窒素とわずかな炭酸ガス、酸素はなし。約0.4気圧。重力は0.7G程度。目標地点の表面温度は摂氏マイナス12度。いずれも、初期調査のときのデータとの違いはありませんね」
分析システムからの情報を比較していたクリスが、振り向いた。
「では次に、低高度への移行をお願いします」
再び要請の声が飛んだ。
カメラの映像が大きく乱れたが、すぐに回復した。映し出されたのは、より鮮明な地表の光景だった。
荒れ果てた砂漠のような映像がしばらく続いた後、「それ」は突然現れた。それは四つの同心円状の石又は土の壁のような隆起で、ところどころに切れ目があった。
「アポロと見ていいようですね」イサオが言った。ちなみに、アポロとは、自然に出来上がったものではない可能性がある物体の総称である。
「ああ。あまりに規則的すぎる」クリスも賛意を示した。
一見すると、それは偶然出来たクレータと見えなくもなかった。
事実、宇宙軍がこの惑星のデータを回収したのは十数年前であったが、関係者の間では長いことクレータとして扱われていたのだ。
だが、今回の調査にあたり、スチュワート研究室がデータを精査した結果、ここ以外にクレータが見つからないことや、隆起部の形状が通常のクレータと異なることなどから、これをアポロと判断したのだ。
実物を見て、やはりその判断は正しかったのだ、というのが全員の実感だった。
「やはり中心に何かある、ってことでしょうか?」と、イサオ。
「我々の感覚ではね。だが、これを作った連中が我々と同じ感覚の持ち主だとは限らない。むしろ違うと思っていた方が、過ちは少なくなると思うよ」博士はあくまで慎重だった。
「レーザスキャンの記録は?」博士がクリスに確認する。
「とれてます」クリスが応えた。
「よし、このままもう三回スキャンするぞ」
探査機は惑星をさらに三周した後、もといた静止軌道に戻った。
直ちにデータの解析が行われた。複数回にわたってスキャンしたのは、軌道のずれを利用してより精密な三次元映像を得るためだった。
解析結果がラボ中央のテーブル上に、三次元ホログラフ映像として浮かび上がった。
三人は、テーブルを囲むようにして集まった。
「かなり正確な同心円ですね」映像を眺めていたクリスが言った。
「半径の比率はどうなってる?」博士が訊いた。
クリスが、テーブル脇の端末を操作した。
「1対1.2対1.44対1.73。等比級数です」クリス。
「ほう」博士は驚きの声を上げたが、ついで大きく頷いた。
「リングの切れ目はどうかな。何か規則性は?」博士。
クリスは端末を操作していたが、やがて、
「特にないようですね。偶発的に出来た切れ目もあるかもしれませんので、組み合わせを絞ったケースもテストした方がいいんでしょうけど、時間かかりますね」
「とりあえず各円ごとに、任意の四本の比率チェックだけでもバックグラウンドでかけておこう」博士が指示した。
「わかりました」クリスはバックグラウンド処理、すなわち自動計算をコンピュータに命じた。
「目立った建物のようなものは見あたりませんね。中心部も平坦だし」舐めるように映像を見回していたイサオが言った。
「大気があるので、風化が進んでいる可能性はあるね」博士も映像を見ながらコメントした。
三人は、その後も熱心に観測を続けた。
その後、バックグラウンド処理をあと三つほど追加して、ひとまず区切りをつけることにした。
「いずれにしても、遺構である可能性は極めて高い。ここまできた甲斐はあったというものだよ」
イサオの煎れたコーヒーを口に運ぶ博士の顔に、笑みが浮かんだ。それは、彼が宇宙に出て最初に見せた笑顔であった。
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