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第二章


 宇宙考古学。
 それは、誕生して間もない学問分野である。

 人類は、二十一世紀の後半に光速航行方法を手にして以来、爆発的にその勢力圏を拡大していった。その結果、二十二世紀中頃には探索の手の入った星系は三十を超え、その後も二年に一星系のペースで増えつつあった。

 人類の宇宙への進出には、未知の世界の探検という素朴な興味のほかに、三つの、より現実的な目的があった。第一に、資源の豊富な惑星の発見と開発。第二に、生存に適する惑星の発見と移殖。そして最後が生命、特に知的生命体の発見と接触である。

 実際、第一はかなり見つかり、既に開発に着手した星もある。第二もいくつかその候補が見つかってはいる。実際に移民が行われていないのは、単にコストと事務処理上の問題だけだった。だが、第三は一件もなし、という状況が、二十二世紀も残りわずかというこの時点でも、ずっと続いていた。

 一方、各星系で収集したデータの、精査を分担した学者グループのいくつかから、知的生命体の痕跡ともとれる事例が、ぽつぽつと挙がってくるようになった。

 それを受け、まずは知的生命体そのものより、過去に存在した知的生命体の存在痕跡、平たく言えば「宇宙人の遺跡」に着目した方が、より効率的なのではないか、という機運が次第に高まっていったのだった。

 そんな時代の要請の中、いち早く設立されたのが宇宙生物学の重鎮、ポドルフスキー博士の手になる、国際自然環境大学の研究室だった。
 そして名付けられたのが、宇宙考古学。

 スチュワートは、元々は地上を対象とする「ふつうの」考古学を志す一青年として、国際自然環境大学に入学したが、たまたま一般教養コースでポドルフスキー主任教授(後、学長)の講義を聞いて感銘を受け、教授の研究室に入り浸るようになったのが、運命の分岐点となった。

 ある日、彼は教授から新学問の説明を受ける。
 教授の熱意に、初めは消極的だった彼もついにはしぶしぶながら同意せざるを得なくなった。こうして彼は、世界初の宇宙考古学者となるべく、ポドルフスキー教授の強力な後押しのもと、著名な考古学、人類学者のもとを学び歩くことになった。

 博士課程が終了する頃、机上での研究はほぼ完了し、時を同じくして実地踏査の話が持ちあがった。
 そんな訳で、彼は宇宙考古学者第一号として、星々の海へと乗り出すことになったのである。

 さて、乗り出すのはいいとして、まずは先立つものを用意する必要があった。
 それは、調査のための足、すなわち宇宙船である。

 この時代、宇宙船は軍用、民間用併せて五百を超える数が就航していたが、光速航行能力を持つ船は全て軍籍にあった。いくつかの技術的なそれとともに、まだ民間船が自由に航行できるほど安全が確保されていない、という公式理由によってであった。

 従って、いかに学術目的の調査といえども、軍抜きには考えられない。
 そこで、ポドルフスキー学長の顔の広さがものをいった。学長はかつて、国連宇宙軍士官学校の自然科学教室主任教授を務めていた関係で、宇宙軍幕僚はほとんどが学長の教え子達なのである。

 結局、再新鋭艦の就航に伴って予備役にまわされることになった船を、一隻確保することに成功した。
 それがウォレス号の前身、強襲揚陸艦「ワーテルロー」である。

 強襲揚陸艦とは、その名のとおり、「敵」が待ち構える場所に、完全武装した兵士を強引に送り込むためのものであり、そのための装備、すなわち降下モジュールとその格納庫を持った艦、ということになる。もっとも、前述のとおり、一度として実戦に使われたことはないが。

 このことが、今回の調査に必要な装備、すなわち、目的の星に行き来するためのシャトル、調査用測定・分析施設を格納するのに有益であったことは言うまでもない。

 三基あった降下ポッド用の設備は、一基に減らされ、片道だけの降下ポッドの替わりに往還型のシャトル−本来は情報将校移送用−が搭載された。これは勿論、調査が終了した後に帰還するためである。

 他の二基分の格納庫は調査に必要な施設、つまりラボへと転用されたのだが、その広さは、太陽系内調査用の移動ラボが、すっぽり収まっておつりがくるほどだった。

 一方、船の確保とともに問題となったのは、その運用である。

 第一線を退いたとはいえ、本船は軍艦であり、民間船とは取り回し方がやはり違う。それに、そもそも光速航行の経験者は、軍人に限られているのだ。例えば、退役した元軍人を雇うという手も考えられない訳ではなかったが、それでも適任者の選出には相当の困難が予想された。

 さらに、それ以上の大問題が運用コストである。
 大学の予算など、たかが知れている。外部に頼ろうにも、何の実利も伴わない学術調査に出資する企業など、微々たるものだった。一般篤志家からの寄付も募ったが、遺跡調査という地味な内容が災いして、当初予想を大きく下回った。全てあわせても、太陽系脱出の燃料代にもならなかった。

 もちろん、学長は軍が運用まで面倒みるよう説得して回ったのだが、軍は、予算のメドがたたない、を繰り返すばかりだった。実際、軍にとっては、丁度実用化され始めた第三世代の光速航行艦の建造が急務であり、使えるカネは全て注ぎ込んでいる最中だったのだ。計画は、暗礁に乗り上げるかに見えた。

 だが、おりしも全火星規模の農作物の不作予測から、「役に立たない」宇宙軍に対する風当たりが一層強くなりだしたことが幸いした。この機を逃すような学長ではなかった。軍の危機感を煽る一方で、この調査を「役に立つ」宇宙軍をアピールするための宣伝材料に使ってはどうか、と提案して、ついには軍の了解を取り付けてしまったのだ。

 結局今回の調査は、宇宙軍が人類文化の発展に貢献するために実施する、ということで決着した。
 そのため、スチュワート博士はじめ、研究室員は書類上軍人として扱われる、というおまけこそついたが。

 かくして、全ての準備は整った。
 目的地は「へび使い座」方面、第33宙域。そこは、人類が知る限りで、最も遺跡が存在する可能性が高いとされた星である。


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