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第六章
「確かにそう言ったんだな」
軍曹の声はかすかに震えていた。
首を縦に振って、イエスの意思表示をしたのはジャンだった。
ジャンとメロディは、野営地点の作業デッキの床の上に座り込んで、はあはあ息を切らしていた。全速力であの惨劇のブロックから逃げ出してきたのだった。
二人を取り囲むように他の候補生達が群がっていたが、皆何が起こったのかよく分からないといった様子で、二人と軍曹の会話を見守っていた。
「パープルローズが…、なんでこんな処に」
軍曹が誰に言うともなく、呟いた。
「軍曹。なんなんですか?その『パープルローズ』って」
おっとりした調子でロニーが口を挾んだ。まさに事の真意が分かっていないという風情だった。
「お前ら本当に知らんのか?」
念を押すように軍曹が言い、全員の顔を見回した。
「そうか、知らんのか。なら教えてやる。パープルローズってのは、外惑星軍コマンド部隊の内の一部隊の名だ。多少手強いが相手はたった四人だ。俺達が束になって掛かれば恐れることはない」
軍曹には、とても言えなかった。彼らが外惑星軍の中でも最強の部隊であり、バイオテクノロジーが生みだした鬼子とでも言える存在で、生まれながらの戦士で戦うことだけしか知らず、自分の仲間以外の人間は全て敵であるとの刷り込みがなされていることから、友軍からも恐れられていて、しかもその強化された体は普通の弾ぐらいではびくともしない、まさに不死身のゾンビ軍団だ、ということなど。
軍曹は、いずれは彼らが実感としてその恐怖を抱くことになるにしても、今はそっとしておくことにした。実戦経験の全くない彼らにとって何より恐いのは、恐怖からくるパニックだった。一度パニック状態に陥れば、こちらの戦闘力が大幅に落ちるだけでなく、その見境のない行動から、味方を窮地に追い込まないともいえないからだった。
「何故かははっきりしないが、とにかく我々はこの狭い基地内で、まぎれもなく敵と対峠することになった。今までの訓練とは訳が違う。失敗すれば、即、死が待っている。このことを肝に命じておけ。いいな」
何人かは声に出して、残りは頷くことによって、その意志を表わした。
「今から、この隊の指揮は俺がとる。異存はないな」
異存がある筈もなかった。続いて、軍曹は最初の命令を発した。
「全員第二級戦闘装備のまま、まずこの地点を確保する。戦うにはやや不利だが、しかたがない。情勢を見て移動する。シェルヴィ、ウエィブ、マイケル、バンディーニ。お前達は歩哨に立て。それからタカハシにアヤセ。基地の無線を使って、本隊に緊急信号を発信しろ。リピートにセットして、流しっ放しにしておくんだ。電文は、パープルローズと遭遇した、とだけでいい。セットしたら直ちに戻ってこい」
六人は敬礼で応えると、四人は四方へ走り、二人はセンターシャフトへと続くリフトに乗り込み、上昇していった。軍曹は二人の姿を追うように顔をあげ、センターシャフトが視界に入ったところでぴたりと止まった。軍曹が見ていたのはセンターシャフトではなかった。その向こうにあるはずの反対側の壁面だった。
さすがの俺もパープルローズと聞いて動転したか。軍曹は自嘲気味に思った。コマンドは敵だけじゃない。味方にもいるんだった。そのことに遅蒔きながら、今気が付いたのだった。
−彼らと手を握れば、ひょっとしていけるかもしれない−
絶望の闇に閉ざされていた軍曹の心に、一筋の光が走ったような気がした。軍曹は、その光に弾みをつけられたかのように、力強く言った。
「サラヴァンディ、エルガー。俺についてこい。強力な友軍との作戦会議だ」
軍曹以下の三人が乗ったリフトは、反対側の壁面に向けて下降を続けていた。リフトが下降するにつれて、はじめは点でしか見えなかったテントが、次第に大きくなっていった。
リフトの音を聞きつけたのだろう。中から一人出てきた。
軍曹が手を挙げて挨拶を送った。相手は無反応だった。ただじっと軍曹達を注視していた。
リフトが床に着くか着かないかのうちにリフトを飛び出した軍曹は、大股で男のほうへ歩み寄った。
男は見たところ、普通の兵士とさしたる違いはなさそうだった。身長も170センチ位で、むしろ小柄な方と言えた。この体のどこにあの爆発的な破壊力があるのか、軍曹は彼らを見る度にそう思うのだった。
軽く敬礼をした軍曹は、
「緊急事態なので用件だけ話す。パープルローズがこの基地内にいる。8個のカプセルのうち5個が解凍され、うち1人をギャリソン中尉が殺ったが、中尉も殺られた。残りは4人」
淡々と話した。
男は、顔色一つ変えなかった。が、
「厄介な奴らとやらなければならなくなったようだな」
ぽつりと呟いた。
軍曹は、さらに知っている限りの情報を男、即ち、C−128特務少尉に与えた。念のため付け加えておくが、一般にコマンド隊員はコードネームで呼ばれる。更に付け加えるならば、特務少尉というのは現場で生じる様々な矛盾を吸収するために設けられた便宜的な階級で、実質は下士官待遇なのだった。
彼の頭の中は、今猛烈な勢いで回転して、対パープルローズ用の戦術を組み立てている筈であった。しばらく沈黙が続いた。やがて口を開いた。
「おそらく、奴らは月かコロニーのどこかへでも派遣される途中だった。ローズファミリーが一般貨物扱いで移送されることは、よくある話しだ。それが今回の作戦でここを離れられなくなった。そしてタイマーが切れ、奴らがお目覚めになった、といったところだろう」
C−128が分析した。
「とすれば、奴らは目的地以外のところで目覚めたことになる。そういうとき、奴らはなんとかして作戦の開始地点へ辿り着こうとする。奴らは作戦開始前に地図や風景を直接脳にプリンティングされるので、実に正確に記憶している。逆に、これが我々に有利に働く。何故なら、彼らはその正確な記憶に一致する地点に辿り着くまで、極力戦いを避けるようにプログラミングされているからだ。だが、一定時間経過しても目的地に辿り着かなかったときは、最初の命令が解除されて、次の命令が取って代る。即ち、無差別大量殺戮だ。こうなったら、奴らを仕止めるのは至難の技だ。あきらめたほうがいいかもしれん」
「その一定時間というのはどれぐらいなんだ」
「作戦によってまちまちだが、最低でも六時間位はとってある筈だ」
軍曹は時計を見た。ジャンとメロディが最初に遭遇した時から、一時間がたっていた。「あと五時間は安全ということか」
「ああ、そういうことだ。ところで救助シグナルは発信したか?」
「いま行かせている。だが、もし先遣隊か後続の本隊がただちに全速力でこちらへ向かったとしても、早くて三十時間はかかる」
「遅くて永久か」
C−128は軽く口元をほころばせた。それが彼が見せた初めての笑顔らしきものだった。
「どういうことだ、それは」
軍曹は思わず語気を荒らげた。
「一つ言い忘れていたことがある。これは軍の中でも最高機密事項なんだが、ローズファミリーは、その生命力を凝縮して使うため、寿命が極めて短い。平均して六週間ほどだ。ということは、全ての交通手段を封鎖して六週間放っておけば、何もしなくても、勝手に天寿を全うしてくれるということだ。今の俺達の置かれている状況、おあつらえむきだと思わんか」
C−128は淡々と話した。軍曹の背に冷たいものが走った。
「まさか、そんなことがあるものか」
言ながらも、軍曹自身自分の言った言葉を全く信じていなかった。いかにもありそうなことだった。しかも自分は緊急信号の中で、はっきりパープルローズと言うように指示してしまっている。決定的といえた。
軍曹は突然立ち上がると、一気にテントの外に飛び出した。
「エルガー、急いで指令室へ行け。行って緊急信号の発信を止めさせろ。訳は後だ。急げ」
軍曹の物凄い剣幕に、何が何だか分からないままエルガーはリフトに乗り込むと、あわてて上昇していった。
−間に合ってくれるか−
軍曹は祈るように、上昇するリフトを見つめていた。
結局、軍曹の希望は束の間の幻に終わってしまった。
エルガーは通信室に行き着く前に、オートリピートをセットし終わった二人と出喰わすことになり、一応通信は切ったものの、五分以上は電波が流れたことになり、もう取り返しのつかない状態になっていた。
「まあ、そう気を落すな。救援が来ようが来まいが、勝負は短時間で決するはずだ。それも、俺達の勝ちは多分ありえんだろうがな」
軍曹と、戻ってきた候補生達を前にして、C−128が二度目の笑顔を見せた。その表情は、言葉とは裏腹の自信に満ちた余裕さえ感じさせるものだった。いや、自信というより、最高のライバルと一戦交えられることへの心からの喜び、といったほうが正しいかもしれなかった。
−俺は、こいつらと手を組むべきではないのかもしれない。こいつらは、戦うことを心の底から楽しんでやがる−
軍曹の心に、複雑な思いが渦巻いた。
−だが−
−他に方法があるだろうか。俺だけならまだしも、十二人の若い命をかかえて−
軍曹は不安そうに立っている四人の候補生達の顔を見た。
−よし。選択の余地はないな−
軍曹は、腹を括ったようだった。
「とにかく、あんたは専門家だ。我々はあんたの指揮下に入る。どうすればいいのか教えてくれ」
C−128は、少し照れたように、
「俺だって専門家じゃないさ。専門家がいることはいるが、足がなくて動けん」
といって、テントの方を親指で示した。
「まずは橋頭堡の確保だ。ここじゃ、センターシャフトを占拠されたらひとたまりもない」
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