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第一章


「諸君。ご苦労だった。君達の働きによって、本作戦も成功裏に終えることができた。我々は新たな作戦に向け出発するが、ここには幸いにして、大量の補給物資が眠っている。後発の本隊にとって、またとないプレゼントだ。しっかり確保してもらいたい。諸君らにとって、初めての実戦で、このような重大な任務は荷が重いかもしれないが、それだけにやりがいもあろうというものだ。頑張ってくれたまえ。さて、諸君らにギャリソン中尉を紹介しよう。補給部隊の到着する迄の120時間の間、君達の指揮を取ってもらう。優秀な男だ。後の指示は中尉から聞いてくれたまえ。私の話はこれまでだ。頼んだぞ」

「気を付け」
 話を聞いていた若者達の一人が、声を上げた。
「敬礼」
 12本の腕が、一斉に額の脇まで引き上げられた。
 話をしていた男が、それに応えた。

 男は、地球連邦軍外惑星方面軍第4巡洋艦隊の司令官。
 そして、話を聞いていたのは、連邦軍ジェネラル・パットン士官学校を卒業したばかりの、士官候補生達だった。彼らは実戦訓練のため、巡洋艦「イオージマ5」に乗り込んでいたのだった。もちろん、実戦に参加するのは始めてだった。

「けっ。たぬきが」
 候補生の一人が、彼らに背をむけて去りつつあった司令官の背中に、投げつけるように呟いた。
「なんのかんのと云ったって、要するに俺達がお荷物なもんだから、おっぽりだしたいだけなんじゃないか。こんな格好な遊園地が見つかって、大喜びだろうぜ。やっこさん」
「おい、聞こえるぞ」
 隣にいた男が、袖を引っ張りながら小声で囁いた。

「構うもんか。営倉でもどこでも入れてもらおうじゃないか。やれるもんならな」
 若者は、少しも悪怯れることなく続けた。
 司令官は、候補生達の会話など全く耳に入らなかったかの様に、その場を離れた。が、注意深く観察すれば、司令官の顔の筋肉が、怒りで微かにふるえているのが見て取れた筈だ。何故、司令官ともあろうものが、たかが士官候補生ごときに、こうも屈辱的な暴言を浴びせかけられながら手も足もでないのか、それはじきに明らかになる。

 それまでじっとしていたギャリソン中尉が、二、三歩前に出て若者達を見回した。当然、今の候補生達の会話は中尉の耳にも入っていた筈だが、彼もまた、何の反応も示さなかった。
「ギャリソンだ。120時間の間、君達を預かる事になった。たとえ、敵が一人もいないとは云え、ここは最前線のしかも敵の基地内だ。油断は禁物だ。油断は規律の乱れから生まれる。一切、手を抜くつもりはないからな。そのつもりでいろ」
 大声で一気にまくしたてた。

 その気迫に、十二人の候補生達はただただ呆気にとられた表情を見せていたが、またしても先ほどの若者が、
「かっこつけやがって」
と、呟いた。
 中尉は、その若者の前につかつかと歩みより、いきなり胸ぐらを掴むと、そのまま差し上げた。

 中尉は若者より大分背が低かったが、そのおそろしいまでの腕力をして、若者の体を高々と宙に浮き上がらせた。
 若者は、思いもかけなかった事態に目を白黒させ、唇を歪ませていた。今までこのような事など、されたことがなかったのだろう。ほとんど抵抗すら出来ずにいた。

「お前か、ヴェルダン将軍の孫ってのは。いいか、よく覚えとけ。デスクの後でふんぞりかえってるようなお偉方なら、お前の爺さんの威光も眩しいかもしれんが、俺らのような毎日実弾の雨の中を潜りぬけてる人間には、届きゃしないんだよ。前線じゃ、身内に偉い奴がいるのが偉いんじゃねえんだ。本人が肝心なんだ。お前にその気があるんなら、いつでも相手になってやる。心配するな。そんときゃ、階級章を外してやるよ。上官侮辱罪に問われんようにな」

 中尉は若者、ジャン・マリー・ヴェルダン候補生を床に降ろすと、いかにもわざとらしく服の乱れを直してやり、ニヤリと笑いかけた。凄味のある笑い顔だった。
 ヴェルダンは、宙吊りになっていたときと同じ表情で、中尉を見返していた。中尉は構わず元いた位置に戻ると、
「紹介しよう。バックフィールド軍曹だ」
 中尉が親指で、一人の大男を指し示した。

「俺の片腕だ。お前らと歳は幾つも違わんが、現場での叩き上げだ。腕前は決して俺にもひけはとらん。前線での生活の仕方は、軍曹から教わるように」
「それからもう一つ。お前らと一緒の間は、軍曹は俺の副官だ。従って、彼の命令には絶対服従だ。いいな」

「中尉殿」
 それまで圧倒されたように圧し黙っていた候補生達の一人が前へ進み出て、言った。
「なんだ」
 中尉が応えた。
「連邦宇宙軍軍務規程第224条2項によれば、研修中の士官候補生は准尉待遇にある、と明記されています。それでも我々は軍曹に従わなければならないとおっしゃるのですか?」
 きっぱりとした口調だった。といっても、相手の挙げ足を取って得意になるようなタイプではないようで、その証拠に彼の顔は真剣そのもので、相手を嘲ら笑う様な態度は微塵も無かった。むしろヴェルダンの方が、フンと鼻をならして横柄な態度を取った。

 中尉はまず、ヴェルダンをじろりと一瞥してから、発言した若者の前へ進み出て、
「中々良く勉強しているようだな。では、連邦宇宙軍軍務規程第144条第4項を言ってみろ」
 思わぬ反撃をくらって、若者は一瞬たじろいだが、それでも必死になって記憶をたどっていた。やがて、先ほどに比べると多少自信無げではあったが、唱えはじめた。
「えー、前線…前線において、指揮官は緊急の場合、自ら指揮系統を組織することができる。この時の指揮系統は、階級に優先する…」

「よーし、良くできた。まさにそのとうり。と、いうわけだ」
 中尉が、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「しかし、それはあくまで緊急の場合に限られる筈ですが」
 なおも食い下がる若者に、中尉は真顔に戻ると、
「よろしい。では、聞こう。緊急事態かどうかを判断するのは誰だ?」

「前線の司令官です」
「階級は?」
「大佐以上です」
「もし、大佐以上の人間が戦死した場合は?」
「将校なら誰でも」

「俺の階級は?」
「中尉です。しかし、それは拡大解釈も甚だしい…」
「黙れ。文句があるなら、元隊復帰後、然るべき手続きを取って告発しろ。もっとも、今だかつて軍法会議行きになった奴など一人もおらんがな」
 さすがの若者も黙りこくってしまった。勿論、他の侯補生達も反論できずに、ただ立ちつくしていた。

 しばらく沈黙が支配したが、やがて中尉が口を開いた。
「軍隊というところは規律が最も重んじられるところだ。俺もそれに異存はない。だが、よく覚えておけ。規則というものはあくまで、目的をいかに最大の効率で達成するか、というために存在するものなのだ。規則に縛られてはいかん。俺は規則にがんじがらめにされて命を落とした人間を、いやというほど見てきた。まず自分が何をするべきかを考えろ。そして、それを裏付けてくれる規則を探せ。見つかったら迷わず行動に移れ。拡大解釈だろうと構うもんか。前線では自分の、そして戦友の命がかかっているんだぞ。硬直した考え方は、即、死につながる。いいか、解ったか」

 候補生達は、中尉の迫力にただただ圧倒されて、一言の返事も無かった。
「柄にもなく説教を垂れてしまったようだな」
 中尉がややトーンをおとした声音で呟いた。
「ところで、お前」
と言ながら、さっきの質問をした若者を指差し、
「名前は?」

 若者は何か文句を言われるのかと、構えるようにしながら、
「ジョージ・タカハシ候補生です」
と、答えた。
「なかなかいい根性しているな。そういうきっぱりとした態度は、士官の重要な素質の一つだ。今後とも忘れるんじゃないぞ」
「は。あ、ありがとうございます」
 ジョージは、やや拍子抜けしたように返した。

「さて、お喋りは終わりだ」
 さり気なく言った後、中尉は一拍おくと、きっぱりした口調で続けた。
「野営準備」
 侯補生達は、一瞬中尉が何を言ったのか、理解出来なかったようだ。しばらく反応が無かったが、彼らの中で、最も長身の男、ロニー・ウェイブ侯補生が口を開いた。
「中尉。お言葉ですが、わざわざ野営などしなくても、ここには乗組員用の居住区がありますが…」

「黙れ」
 再び、中尉の怒鳴り声が響きわたった。
 付近で補給物資を搬送中の兵までが、手を止めて注目するほどだった。
「いいか、ここは戦場なんだぞ。それも最前線だ。ピクニックとは訳が違うんだぞ。これだけはしっかり胆に命じておけ。よし。一時間でやれ」

 12人の侯補生達は、渋々動きはじめた。
「いいか、遅れた奴は晩飯抜きだぞ」
 彼らの動きが急に早くなった。
「よーし。始めからそうすればいいんだ」
 中尉の笑い声が響きわたった。


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