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第七章
「やはりあの牛がそうだったんですか」
ジュリーの声が響いた。
ここは、SFBIの捜査四課。事件の翌々日のことである。ちなみに、事件の翌日は二人ともその日の朝に、電話で自宅待機を命じられていたのだった。
ジュリーとまりんはその日登庁すると、ただちに四課の課室の一角に設けられた専用応接室に通された。そこにはすでにマイクとスミス、それに四課の課長が待っていた。
「やあ、おはよう。君達には大変な目に遇わせてしまって、申し訳ない。どうか許してくれたまえ」
切り出したのは課長だった。
課長はただただ低姿勢だった。
ジュリーとまりんが捜査官になりすましたことは、ある意味でほとんど犯罪行為すれすれなわけだから、まりんはともかく多少は事情を心得ているジュリーはなんらかの処分、最悪は退校処分になったところで少しも不思議はないのだが、様々な事情、まず、そもそもなんの関係もない彼女達を、レベルGの捜査官と誤認してしまい、結局誰もその間違いに気が付かなかったこと、マイクとスミスは承知の上で彼女らを使ったこと、しかも彼らの独断で −課長が正式に真相を報されたのは犯人検挙後だった− 処理したこと、レベルGに関する情報は例えどんなことであれ公にはしたくないこと、その他諸々の事情が複雑に絡み合って、ここは出来るだけ穏便に事態の収拾を図る必要があったからだ。
結局、今回の事件に関してジュリーとまりんは、準職員として事件に当たったということで内部的な決着をみたのだった。そのため、二人には一切お咎めなしということになった。
課長がひたすら低姿勢だったのは、二人の機嫌を損ねてこれ以上事態を複雑にしたくないという思いがあったからだった。
それはジュリーとまりんにとっても歓迎すべき事態だった。ジュリーなどは昨日自宅待機を命じられたのは、謹慎処分を意味しているものと思い込んでいた。だから、今日は覚悟を決めて出向いてきたのだったが、このような結果になってほっとしていた。もっともまりんの方は例によってどう考えていたのか、あるいは考えていなかったのか不明であるが。
「さあて、君達。事件の真相を知りたいだろう。どうだ」
マイクはテーブルの上に置かれた小冊子を取り上げ、もう一方の手でぱんとたたいた。それは事件の結果をとりまとめた報告書だった。勿論ジュリーとまりんが知りたくない訳はなく、二人は大きく頷いて身を乗り出してきた。マイクは報告書の中から、例の牛に関する部分の生化学研究室の調査結果を読み上げた。冒頭のジュリーの発言は、このマイクの報告に反応したものだった。
「一昨日、貴課より依頼のあった調査に対する結果は以下のとおり。十五頭の牛のうちの五頭から、手術跡が発見された。開腹手術を行い、内蔵を検査した結果、牛の二番目の胃が人工的に作られたものに置き換えられていること、そして、その人工臓器は麻薬を化学的に合成させた、バイオ素材で作られていることが明らかになった。この臓器はX線のスキャンには、天然の臓器と全く同じ反応を示す。したがって、通常の検査では、異常を検出することは出来ない。また、牛の三番目の胃の中から、マイクロカプセルが発見された。これはタイマーによって溶解するタイプのもので、なかに毒薬が入っていた。ただし、今回の摘出時には、外部からの信号によるものと思われる割り込みがあり、タイマーは停止状態にあった。以上」
読み終わって、マイクは報告書をぽんとテーブルの上に投げ出した。
「ということだ。もしおとといのうちに押さえておかなかったら、間に合わなかったろうな。これも君のおかげだ」
スミスがまりんを指差した。
「あたしが。なぜですか」
まりんは急に名指しされたのに驚いて、目を丸くした。
「さっきの報告にあったタイマーだよ。もし君があの時カードの秘密を見破って、ブリーフケースに差し込んでいなかったら、牛達の体内にセットされたタイマーによって毒入りのカプセルが溶け、牛達は死んでいただろう。宇宙から持ち込まれた動物が空港内で死んだ場合、病気による可能性があるため、即刻焼却処分にされる規則になっている。そうなったら何の証拠も残らない。実に巧妙なからくりだ。それを救ったのが君というわけだ」
スミスが説明した。
「いやだ。あたし、別に秘密を見破ったつもりなんてないですよ。偶然。ほんの偶然ですよ」
まりんは照れたように笑いながら、隣に座っていたジュリーの背中をおもいきり叩いた。
「痛いわね。何するのよ」
まりんの照れ隠しの犠牲になったジュリーが、不愉快そうな声を上げた。もう慣れっこになってしまったマイクとスミスは、それを見て含み笑いをもらした。
「あ、そうそう。もう一つあった。なぜ君達とレベルGが入れ替わってしまったかなんだが…」
マイクが思い出したように言った。
「実は、犯人はねずみだったんだ」
「ねずみ、ですか?」
ジュリーとまりんは揃って声を上げた。自分の聞いた言葉が信じられなかったからだ。
「最近、管理課のコンピュータの通信ケーブルが交換されたんだが、これがとんでもない欠陥品で、なんとねずみの大好きな匂いを出すんだそうだ。それでうちのも、ものの見事にやられてしまったんだ。直ちに予備回線が開いたんで大混乱にはならなかったが、たまたまその時通信中だった君達とレベルGの情報がスワップしてしまったという訳なんだ」
マイクが両手を拡げて、処置なしといったポーズをした。最新のコンピュータにも、思わぬ泣き所があるらしい。
「ま、いずれにしても、今回の捜査は大成功を収めた、というわけだ」
課長が締め括るように言い、深々とソファに沈み込んだ。まずはめでたしめでたし、といったところだった。
ドアをノックする音が聞こえた。入ってきたのは捜査部長付の秘書だった。
「失礼します。課長、部長がお呼びでございます」
秘書は、課長に向かってお辞儀をしながら言った。
「ん。なんだろう」
課長は一瞬考え込むような様子を見せたがすぐに立ち上がり、秘書に続いて部屋を出ていった。
課長が出ていくと、マイクとスミスはほっと溜め息をついて大きく足を投げ出した。
「やれやれ。まあ、君達には関係ないことだが、昨日は大変だったんだぜ。俺達はおもいっきり絞られるわ、課長はあちこちの部署に根回しに掛け回るわ、本局への報告書は偽造するわ、あんなに慌ただしかったのは入署以来始めてだったよ」
マイクが内情を暴露した。
「すみません。みんな私のせいなんですね」
ジュリーの表情が急に曇った。やはり、まだ自責の念は消え去ってはいなかった。
「違う。何度も言うが君達のせいじゃないって。ほら、元気出せよ」
マイクが多少語気荒く言った。勿論叱責するためではなく、気持ちをふっ切らせるために。
「そうよ、せんぱい。ファイト」
まりんが両手を挙げてガッツポーズをしながら言った。
「あんた、明るいのだけが取り柄ね」
ジュリーは皮肉っぽく言ったつもりだったが、
「ええ。みんなそう言ってくれまーす」
と、あくまで屈託がなかった。
「かなわないわね。あんたには」
ジュリーの顔に笑顔が戻った。
「この二人、コンビ組んだら案外いい線いくんじゃないか?」
スミスがマイクに小声で囁いた。
「ああ。だが誰が面倒見るんだ。お前志願するか?」
マイクがやんわり切り返した。
「何をおっしゃいます教官殿。お前以外にいるわけないだろう」
スミスも負けてはいなかった。暫くの沈黙の後、二人は揃ってくすくす笑い出した。
驚いたのはジュリーとまりん。笑い転げる二人に向かってジュリーが、
「どうしたんですか。急に」
説明を求めた。
「いや。なんでもない」
マイクはそれだけ言って、再び笑いだす。
二人の様子を見ていたジュリーはやがて、
「やーね、男同士でくすくす笑って。気持ち悪い」
と、まりんに向かって囁いた。
「ええ。まるであたしのクラスのヨッコとノンみたい」
まりんは真面目な顔で言った。
それを見てまずジュリーが大笑いし、次いでまりんが加わった。その二人を見てまたマイクとスミスが笑うといった調子で、循環を始めた二組の笑い声が応接室の中に響いた。
そのドアの向こうに、一人の男が立っていた。男は中に入るべきか、暫く前から決断がつきかねて、立ち尽くしていたのだった。
それは四課の課長だった。先程までの晴れやかさとはうって変わった暗く硬い表情から、全く予期していなかった事態が発生してしまった、ということが読み取れた。
課長のこの態度の急変が、捜査部長に呼ばれたことに原因していることは疑いの余地がなかった。それは彼が握っている一枚の紙切れを見てみれば、なお一層明白になるはずだ。
部長が握っているのは本局が発行した辞令だった。それにはこう記されていた。
− J・A・ジャクソンならびにH・ニシ準職員
右の者、今回の任務における功績大につき正職員と認む
待遇は本局認定のレベルFとする
以上 −
−完−
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