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第七章
由記は結局、誰にも見とがめられることなく、部屋に辿り着くことができた。
ドアに鍵は掛かっていなかった。由記はゆっくりとノブを回し、僅かに開けた隙間から身を滑り込ませた。
部屋は暗幕が引かれていて、薄暗かった。そんな中で、幾つものLEDや自照パネルが放つ光に、徐々に目が慣れ始めると…
運び込んだVR装置はケースが全て取り外され、むき出しの基板からはいくつものコードの束が、縦横に這い出していた。
由記の知らない別の装置もいくつか接続されていて、彼女が見慣れた「それ」とは、まるで別物だった。
「それ」はまるで、内臓を引きずり出された獣の死体のように見えた。強烈な嘔吐感を、由記はかろうじて堪えた。
由記の位置からは、シートに横たわる、ヘッドセットを被った人物の、それも上半身だけが見えたのだが、琢磨であることに間違いはなかった。彼の体にも、多数のケーブルやセンサが取り付けられていたのだが、由記にはそれらがVRとは関係のないものであることに、すぐに気付いた。
妙子が琢磨にモニタを繋ぎ、データを取っているのは明白だった。噂は本当だったのだ。
「やはり来たわね」背後から、女の声がした。
振り返った由記の目に、壁際で幾つかの機器に囲まれて座っている妙子の姿が映った。
口を開きかけた由記を、妙子が制した。
「お察しの通り、Gに映像を送り込んでいるのは彼よ」
琢磨がうめき声を上げた。見ると、体が大きく反り返っている。由記は反射的に、手を伸ばそうとした。
「邪魔しないで!」
妙子の鋭い声が、由記の動きを封じ込めた。
「だって、苦しんでるじゃないですか」由記は訴えかけるように、言った。
「とんでもない。見てご覧なさい」
妙子が指差す先を、由記は身を伸ばして覗き込んだ。琢磨の股間が、大きく膨らんでいるのが見て取れた。
「彼は法悦の境地よ。あれほど私が奉仕しても、ピクリともしなかったのに」
妙子は、本当に悔しそうだった。自信家の彼女にとって、機械に負けたのがプライドをいたく傷つけたようだった。
「どう、彼の作った映像、見てみる?」
妙子の表情が歪んだのはほんの一瞬で、すぐにいつものクールな表情に戻っていた。
「ただし、あまり見詰めない方が、あなたの身の為よ」
妙子がスイッチを操作すると、シートを包むようにして、ホログラム化された映像が現出した。
由記は思わず目を覆った。彼女は既に彼の映像を体験済みだったが、あの時とは比べ物にならないくらい、禍々しさが増していたからだ。とても、人間の作り出せる映像とは思えなかった。
由記は、生まれて初めて脳が痺れるという経験をした。それは、正常な思考を止めてしまうほどの強烈なインパクトを持って、由記に襲いかかった。
その頃、VR−Gのコントロールルームでは、Gだけではなく、スタッフまでもを混乱に陥れる、得体のしれないデータに戸惑いながらも、それが着実にGを疲弊させていくことに、色めきたっていた。Gから送られてくる生理データにも、その効果の程が如実に現れている。
「いける、いけるぞ」
啓士は、既に慢性化しつつある目眩感の中で、勝利を確信した。
一方、琢磨の別荘では、妙子の実験が新たな段階を迎えようとしようとしていた。
「今の彼は、彼が作った仮想世界や仮想Gを、あくまで傍観者として見ているに過ぎないわ。例え、現実のGの動きをリアルタイムに、忠実にフィードバックしているとしてもね」「彼は本物の天才だわ。あっという間に、通信チャネルを双方向に拡張してしまった。あなたなら分かるわよね、その意味が」「さて、彼とGをシンクロさせたら…どんなデータが採れるか、楽しみだわ」
妙子の言葉に、由記はまるで鈍器で殴られたかのような衝撃を覚えた。これは絶対に止めさせなければいけない、と本能が囁いた。
だが遅かった。妙子は、スイッチを操作した。
その瞬間、琢磨の体はぴくっと痙攣し、硬直した。次いで、その顔が大きく歪んだかと思うと、地を揺るがすような咆哮が、部屋を満たした。とても少年が出せる音量ではなかった。
それはまさしく、Gそのものだった。
琢磨は、拘束具を引き千切って起き上がった。普段の琢磨からは想像できない、俊敏で力強い動きだった。
見ると、貧弱だった体躯が、まるでボディービルダのような筋肉質に変貌していた。由記には信じられなかった。VRの影響が精神だけでなく、肉体にも及ぶことなど、考えられなかったからだ。
だが、目の前の光景は、決してバーチャルではない。暴れ回る琢磨を前に、由記はただ呆然として見守る以外に術がなかった。
幾つかの機器が、火花を散らした。負荷が大きすぎて、ショートしてしまったのだ。火花はあっという間に調度品に燃え移り、焔が部屋を埋め尽くすまで、さほど時間は掛からなかった。
VR−Gのコントロールルームは、大混乱に陥っていた。
突然、Gが暴れだしたかと思うと、モニタ映像がぐしゃぐしゃに乱れ、目を閉じても、目蓋を突き通して頭を直撃するような、強烈な光の刺激が襲いかかってきたのだった。
人間だけではない。Gにも同じく、それは強烈な効果を及ぼしているようだった。ちらっと見えただけだったが、Gの生理データにもはっきり現れていた。
あと一歩だ。
だが、これ以上監視を続けることは、自分達の命の危険さえあり得る。それにモニタを切るだけなら、Gへの作用が止まる訳ではない。
そう判断した啓士は、モニタを切るよう命じようとしたが、声が出ない。見回すと、他の所員もみな、体が自由に動かないようで、倒れ込んだりしゃがみ込んでいる者ばかりだ。啓士は、意識が遠のいていくのを必死でこらえた。
突然、部屋に警報が鳴り響いたかと思うと、赤い非常灯に切り替わり、全ての機器が停止した。同時にスプリンクラーが作動し、大量のシャワーを浴びせかけてきた。ずぶ濡れになりながら、依然朦朧とする意識で啓士は顔を上げた。すると、エマージェンシースイッチに覆いかぶさって、肩で息をする宏幸の姿が目に入った。
二人はもつれあうようにして、廊下へと転がり出た。
「大丈夫か?」
同時に声を掛け合った二人は、思わず笑みをもらすと、壁を背に座り込んだ。
廊下の奥からは、ばたばたと足音が聞こえてくる。さっきの緊急信号で、保安部と医療部が駆け付けてくるのだ。中の所員は、彼等に任せておけば安心だ。
「なんだったんだ、あれは?」宏幸が口にした。
「俺にも分からん。だが、それよりどうなったんだ、Gは。といっても、装置がああなってしまったら、確かめようもないが」
メイン電源が切れた以上、モニタだけでなく、映像の転送まで止まってしまったのは間違いない。問題はそれまでに、奴を追いつめ切れたかどうかなのだが、それを確認する手段がないのだ。啓士は、最後まで見届けられなかったのが残念そうだった。
「ちょっと待て」
宏幸は胸ポケットから携帯電話を取り出すと、何処かにコールした。
しばらくして話を終えた宏幸は、
「ついさっき、島を出て海に潜ったそうだ。浮上した形跡はなし。温度センサの情報では、冬眠状態に入った可能性が高いそうだ」と伝えた。
「偵察衛星か?」
啓士には初耳だった。だが、自衛隊が独自の情報収集をしていても、おかしくはない話だった。啓士は、軍事組織、というより国家の暗部を見た思いがした。
「移動したと言うことは、失敗したと言うことだな。それにしても誰があの映像を…」
あれだけの映像を、端末なしに作ったり、送り込めたりするとは思えない。それは、冷静になって考えてみれば、すぐに分かることだった。
「まさか…」啓士は、突然全てを理解した。
すかさず廊下に設置された電話に飛びつくと、由記の部屋の番号を押した。だが、呼び出し音が空しく繰り返されるばかりだった。
啓士は走った。尤も、それは本人の気持ちだけで、端で見ている者には千鳥足以外の何ものにも見えなかったが。
「まて、どこへいく」
宏幸の声が追いかけてきた。啓士には応えるだけの余裕はなかった。
案の定、由記の部屋は空っぽだった。
机の上にはメモらしきものが見えた。が、そんなものは見なくても、由記の行き先は他に考えられなかった。
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