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第六章
由記が琢磨の別荘に着いたのは、午後二時を少し回った頃だった。
応対に出たのは、妙子だった。
「琢磨さんは体調を崩されていて、丁度おやすみになったところです。お会いすることは出来ません。ご用件は私が承って、後ほどお伝えします」
口調は穏やかだったが、その態度には断固としたところがあった。由記は女のカンで、妙子が嘘をついていることを見抜いたが、だからといって、無理矢理踏み込むことは出来る筈もなかった。
「わかりました。では、後日あらためてお伺いします」
由記は一礼すると車に戻り、屋敷を後にした。だが、屋敷から死角になるカーブにさしかかったところで、やにわに急ハンドルを切ると、道路脇の雑木林の中に突っ込んだ。
由記はエンジンを止めると、ハンドルに凭れ掛かって、屋敷の方角に鋭い視線を投げ掛けた。
一方、VR−Gシステムはフェイズ3へと突入した。
フェイズ3は、いよいよGに攻撃を仕掛ける段階だ。
都市の中に、仮想の戦車や攻撃ヘリコプターが次々に涌き出してきては、Gめがけて殺到していく。
砲弾やミサイルの発射から、着弾して閃光がはしり噴煙が上がるまで、視覚情報は完璧に再現されていた。だが、それに伴う物理的衝撃は全く感じられない。それはGにとって、今までにない経験だった。Gの表情には明らかに戸惑いが見て取れた。
また、攻撃されれば反撃するのは、Gにとって当然のことだった。焔の吐息が、尻尾の一振りが、これまでと同じく都市を、兵器を粉々にしていく。
だが、破壊された都市も、兵器も暫くすると再び元の姿に戻ってしまう。Gの戸惑いはさらにエスカレートしていくのだった。
意を決した由記が、車から出て雑木林の中を屋敷の方へと向かったのは、陽がだいぶ西に傾いた頃だった。
やがて、行く手に屋敷を取り巻く塀が現れ、その一角に通用口らしき扉が見えた。
由記はその扉を目指して、斜面を登り始めた。
そのとき、由記はふいに背後から腕を掴まれた。咄嗟に後ろを振り返ると、そこにいたのは純一だった。
「脅かさないでよ、まったく。心臓が止まるかと思ったわよ」
由記は、思わずその場に座り込んでしまった。
「すいません。どうも様子が変だったんで、気になって、後をつけてきたんです」
純一が謝った。
「ところで、どうするつもりですか?」純一が尋ねた。
「どうしても琢磨君に会わなきゃならないの。例え、どんな手段を使ってでも…」
由記の真剣な表情を見て、純一は開きかけた口をつぐみ、暫く考え込んだ。
「分かりました。僕が囮になります。方法は…」
警備システムが備わっていることは、前回の訪問で分かっていた。純一の考えは、それを逆手に取ったものだった。
純一が塀を乗り越えた。この時点で、警備室には警報が鳴り響いている筈だった。
内側から通用口を開けると、純一はその場にうずくまった。
ほどなくして、制服姿の警備員が二人現れた。手には警棒を握り締めている。
純一はわざと大袈裟な動作で立ち上がると、通用口から飛び出し、そのまま全力で走り出した。
「誰だ。待て」警備員達は慌てて彼を追い、雑木林の中へと消えていった。
脇の茂みに隠れていた由記はその姿を見送ると、開け放たれたままの通用口から素早く中へと滑り込んだ。
そして、まっすぐVRの部屋へと小走りに向かった。
Gシステムはフェイズ4へと移行した。
ここまでは、ほぼ予想通りの展開だった。
それまでの都市が消え、毒々しい光が渦巻く抽象風景に変わった。
当初の予想では、ここでGが益々混乱する筈だった。だが、Gの様子を見る限り、かえって覚めてしまったようだった。
「フェイズ3に戻せ!急いで」
啓士は慌てて指示を出した。再び、攻撃パターンが繰り返される。
「意外だな。動物実験からは、もっと過敏に反応すると思ったんだが」
啓士を初めとする首脳陣は、考え込んだ。
たしかにフェイズ3は効果を上げている。だが、Gを追い詰めるには十分とは言えなかった。奴のストレスを高める、もっと効果的なパターンが必要だった。
「どこからか、クラッキングされています」
システムを監視していたオペレータが、突然叫んだ。
「どういうことだ?」
宏幸が、啓士に目を遣った。
「プローブへの送信は衛星を経由している。その回線に誰かが侵入しているということだ。勿論、簡単にできることじゃない。くそ、誰だ、こんなときに」
啓士は、明らかに苛立っているのが見て取れた。
犯人を追求するためには、システムをトレースモードに切り替えねばならないが、そんなことをすれば処理能力が極端に落ちてしまい、とてもGに対処しきれない。このままどうすることも出来ないのだ。
「この際、クラッカーは無視する。全力でGにあたるぞ」
啓士は、自らに言い聞かせるように叫んだ。
コントロールルームの一角で、緊急のミーティングが開かれた。
フェイズ4を再び試すかどうか、試すとしたらどのパターンを用いるかを決定するためだった。
宏幸は参加しなかった。それは技術者の仕事だったからだ。今の宏幸には、飽きもせずに繰り返される仮想軍の攻撃を、ただ眺めているより他にすることがなかった。
しばらくして、宏幸は目眩のような不思議な気分に襲われだした。初めは気のせいかと思っていたのだったが、だんだん激しくなってきて、ついにはモニタを直視出来ないまでになった。
ふと横を見ると、オペレータのうちの何人かが目を瞬かせていたり、首をぐるぐる回していることに気付いた。彼等はみな、映像を監視している要員だった。
「気分でも悪いのか?」
宏幸はすぐ隣で、目頭を押さえているオペレータに聞いた。
「ええ、ちょっと目眩が。大丈夫です。私、時々あるんです」
そうはいっても、苦しそうだった。
「いや違う。これは映像に原因がある」「Gの脳波に変化はないか?」宏幸は怒鳴った。
その声に、ミーティング中だった首脳陣が一斉にこちらを振り返った。
「大きな変化はありません。ですが…」
生理情報分析の担当者は、言い淀んだ。
「どうかしたのか?」
啓士が戻ってきて、声を掛けた。
「ときどきスパイクノイズのようなものが現れています。通信エラーか、システムのバグなのかもしれませんが」
担当者は、自信なさそうに答えた。この分析プログラムは彼が作ったものだった。彼はこれが自分のミスによるものではないかと危惧していたため、報告すべきか迷っていたのだった。
首脳陣が、一斉に監視モニタの前に集まってきた。
「確かに僅かだがノイズが見られるな。何を意味するのかは即断できんが…」
「どうも、今表示されている映像データには、見ているものを混乱させる要素があるようなんだ。暫くこのままにして様子を見た方がいいんじゃないか?」
宏幸は、啓士に提案した。
手詰まりとなっていた啓士達にとって、これは渡りに船かもしれなかった。
「分かった。各自、現状を維持しろ。いいな」
啓士が指示した。
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