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第六章


「ずっと聞いてみたいと思ってたことがあってね、忙しくてできなかったけど」
食事も終わってゆったりとした雰囲気の中で、船長は前置きし、
「なぜ、宇宙考古学を?」と続けた。

「騙されたんですよ」博士は、苦笑まじりに答えた。
「騙された?」船長は、怪訝な表情をした。

「誰も、なり手がいなくてね、宇宙考古学者の。このままじゃつぶれる、っていうんで、結局、私が生け贄になったようなもんです」
 とは言うものの、博士の口調は飄々としていて、騙されたことに憤慨している、という雰囲気ではなかった。

「宇宙考古学といえば、最先端の学問でしょう?学者さんは名誉を欲するものだと思ってましたが…」
 船長はまだ信じられないようだった。

「もちろん、大勢手を挙げましたよ、私なんかより能力も実績もある人たちが。ただし、最初のうちだけね」
「それはまた、なぜ?」

「宇宙考古学三原則、というのがあるんですよ。この世界では、結構有名なやつなんですが」
 博士は一呼吸おいて、
「いわく、『理由を問うな』『意味を問うな』『方法を問うな』」

「理由を問うなは、例えば今、我々が目にしているこのリングですが、これはなぜ作られたのか、その理由を考えてはいけない、ということなんですよ」

「我々は、これが墓かもしれないと考える。でも、死者を埋葬し、敬意を払う意味で墓を建てるのは、あくまで人類の慣習であって、全ての知的生物がそうするとは限らない」

「信心深い学者の中には、死者を野ざらしにする知的生物、というのを想像できない人もいるんですよ、意外かもしれませんが」

「意味を問うなは、そのことにどんな意味があるのかを考えてはいけない、ということ。これは特に、文化と無縁なところで育ってきた人がハマる罠なんですが」

「文化?」と船長。

「先進地域の中には、文明一辺倒で、文化が隅に追いやられているところが、少なからずある。そういうところで育つと、人の価値観は全て『経済効率』、かっこよく言うと『グローバリズム』ってやつに支配されるようになる」

「経済効率?」

「そう。簡単に言えば『そんなことをして、どんな得がある?』って考える訳ですよ。損得、すなわち経済効率の善し悪しという概念は、人間の欲望がベースになっています。欲望は、全ての人間に共通の価値基準として普遍化され、それゆえ、比較のための物差しとなり得る。グローバリズムとはすなわち、メートル法ならぬ欲望法で目盛られた世界地図という訳です」

「一方、文化というのは、欲望と切り離された固有の価値観、即ち、困難を克服した後にくる達成感、差別化からくる優越感、共通の志向を持つ少数の仲間間の連帯性、外部から隔絶された環境下で醸成される土着性、などなどを元に、クローズドでローカルなものとして成立する」

「文化の属性であるローカリズムと文明の属性であるグローバリズムは、本来棲み分けられてきたものだったが、物資、情報の流通が急速に進んだ20世紀末から、真っ向対立するようになる。まあ、勝負の結末は、今更言うまでもありませんが」

 一気にまくし立てた博士が、ふと船長を見ると、きょとんとした顔をしている。まるで理解できなかったらしい。

「あ、いまの文明文化論は、私の恩師の持論の受け売りなんです。実は、私自身もよく分かってないんです」博士は苦笑して、頭を掻いた。

「解釈の問題はさておき、このリングがもし『文明』なら、もしかしたら我々の価値観でも通用するかもしれない。でも『文化』だとしたら、ちょうど虫嫌いの人が昆虫コレクタの心理をまるで理解できないように、我々には理解不能なのかもしれない」

「最後の、方法を問うなは、どんな方法でそれができたのかを考えてはいけない。このリングもどうやって作ったか、方法が分かりますか?」

 船長が首を横に振る前に、博士は、

「私には分かりません。でも、方法が思い付かないからといって、目の前の事実を無視してはいけない」

「実際、学者の中には素直に『分かりません』と言えない人たちもいるんですよ、とくに実績のある人の中に。そういう人は苦し紛れに『これは人工物ではなく、自然にできたものだ』と言ってしまうかもしれない」

「今まで言ったようなことは、従来型の学者になる素養があって、そうなるべく教育を受けてきた人たちには、とても耐えられないことなんです。宇宙考古学者のなり手がいないのは、こういう点にもあるって訳です。他にも…」

 クリスから通信が入った。興奮した声で、
「転送します。見て下さい」
 ディスプレイに、解析結果が写し出された。一同は、期せずして声を上げた。

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