ホーム創作ストーリー宇宙船A・R・ウォレス号の冒険>第五章

前章へ 目次へ 次章へ

第五章


 窓から見る風景は、どことなく火星に似ている、と博士は思った。博士はフィールドワークの実習で数回、火星に行ったことがあったのだ。
「火星に似てますね」イサオが話し掛けてきた。彼も同じ感想を持ったらしい。

「では博士、お先にどうぞ」
 船長は、コクピット後ろのドアを指した。そこは気閘室になっていて、そこでヘルメットと呼吸用のフィルターシステムを装着する。今回は環境が比較的穏やかなので、この程度の軽装で済むのだ。

 全員が装備を着け終えると空気が抜かれ、さらに後方に続くドアが開かれた。
 そこは地上車の格納庫だった。

 元々は作戦指揮車なのだが、改装して、観測、実験設備を追加してある。また、宿泊施設も兼ねるので、簡易ベッド他の生活用品も積み込まれていた。その代り、武装は撤去されている。わずかにハンドウェポンが、数丁用意されているのみだった。

 博士、イサオ、船長の三人が乗り込み、船長が運転席についた。残ったヘルマンがシャトルのパネルを操作すると、格納庫のドアが開き、地上車は外に出た。ヘルマンを載せたところで、一行は出発した。

 地上車は気密キャビン式になっている。与圧が完了したところで、ひとまず全員ヘルメットを脱いだ。

 イサオは上空から撮ったサークルのデータを、ナビゲーションシステムに表示させた。そこには、あらかじめ設定してあった移動ルートも表示されている。地上車はそのルートから少し外れていたが、すぐにピタリと一致した。あとは、予定通りのコースを走るだけである。

 サークルが近づいてきた。
 最初のサークルの切れ目の横で、車は停止した。
 まずは、窓越しに観察してみる。

 サークルの高さは約30メートル。幅も同じ位だ。スロープはやや急で、登るのは難しそうだった。もっとも、上空からの観測で頂上部には何もありそうもないことが分かっていたので、無理に登る必要はなかったが。

 一同は再びヘルメットを装着すると、外に出た。
 ゆるい風が吹いている。それは軽装宇宙服越しにも感じることが出来た。

 近寄って間近で見ると、それは地表と同じ土で出来ていることが確認できた。ただし、地表の土がさらさらであるのに比べ、かなり硬く締まっていて、まるで石のようだった。風があっても崩れないのはそのせいだろうと思われた。人工物の可能性がかなり高い。

「よく砂に埋まってしまいませんね」イサオが疑問を口にした。
「理由はよくわからないが、おそらく適当に風向きが変わって、吹きだまった砂をまた飛ばしてしまうのだろう。水気がないのも、関係しているかもしれない」博士が推理した。

「見た限りでは、壁画や彫刻の類は全くありませんね」とイサオ。
「文化的な役割を担うものではないのかもしれない。かといって、生産施設のようにも見えんがね」と博士。

 暫く観察してみたものの、特別得られることもないと判断した博士は、
「船長、中心へ向かいましょう」と、船長に声をかけた。
 車は当初の目的地、中心部へと向かった。

 一行は、ナビが示すサークルの中心部へとやってきた。少し外れたところに車を止め、降りてみる。
 足下から周囲を見渡してみるが、これまでの風景と何ら変わりがない。

「イサオ、中心に立ってみてくれ」
 博士の指示で、イサオは携帯ナビが示す正確な中心に歩を進めた。他のメンバがその周囲を丹念に調べるが、これといったものは何も見当たらなかった。

「地下に何かないか、調べてみよう」
 イサオとヘルマンは、車から簡易地震波発生装置を引っ張り出してきて、中心に据えつけた。

 まずは、直接探査モードで測定してみることにした。これはソナーと同じ原理で、まず地中に向けて波を発射し、その反射波の様子で、地中に埋まっているものを検出するものである。ただしこの場合は、明らかに周囲と異なる密度で、かつ、数メートル以上の大きさでないと検出できない。測定の結果、特に何か埋まっている様子はなかった。

 次は、間接探査モードである。これは発射した波を、離れたところに設置した複数のセンサで受け、波の進み方のずれ具合で、地中の密度変化を検出しようというものである。この場合は、かなり精密に地中の様子が分かるため、微妙な異物まで検出できるようになる。

 地上車の後部から、「ウェービィ」が引き出された。これは自走式の発振装置で、あらかじめプログラムに従って移動しながら、人工地震を発生させる。この地震波をセンサが捉えるという訳だ。
 ヘルマンとイサオは、あらかじめ決められたセンシングポイントにセンサを設置するべく、地上車で出発した。

 博士はウェービィのセッティングをチェックし終えたところで、クリスを呼び出した。
「間接探査、スタンバイしてくれ」
 間接探査のデータは量が多く、またコンピュータで解析しなければならないため、一度宇宙船のラボに転送して、結果を送り返してもらう必要があるのだ。

 センサの設置が終わるまで、博士と船長は徒歩と目視で、可能な限り表面を観察して回った。
 が、これといって変わったものは見つからない。しばらくして、
「博士、センサの設置が完了しました」
 イサオから連絡が入った。

「今から間接探査を始める」
 博士はクリスに言うと、ウェービィを始動させた。
「了解」クリスが応えた。
 結果が出るまでには、小一時間はかかるだろう、と博士はウェービィを見送りながら考えた。

 ウェービィと入れ違うように、センサの設置を終えた地上車が戻ってきた。
「さて、どうしますか?」船長が博士に尋ねた。
「食事にしましょう」
 博士は、にこりと笑顔を見せた。


前章へ 目次へ 次章へ

Home] [History] [CG] [Story] [Photo] [evaCG] [evaGIF] [evaText