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第三章


「そら、起きろ。いつまで寝てるんだ」
 軍曹の大きな声が轟いた。続いて軽合金製のなべを叩く音が響いた。これがうまい具合にというべきか、頭に突き刺さるような音をたてるので、寝呆けた意識を醒ますのには絶好のアイテムといえた。

 次々顔をしかめながら起き上がる若者達は、時計を見るとますます顔が歪んでいった。
「なんだ、まだ0500じゃないか」
 地球連邦軍は、宇宙空間においても人間の生理状態を考慮に入れて、24時間を一日とし、一日の時間配分も地上と同期させている。従って一般将兵の起床は地上と同じ0700、即ち午前7時と決められていて、彼らもそれに従っていた。少なくとも昨日までは。

「さっさと起きんか。ここはマイ・ホームじゃないんだぞ。いいか、最前線だ。いつ敵襲があるか分からんのだぞ。10分で第一級野戦装備だ。急げ」
 今度のは、中尉の声だった。
 これで全員が、昨日の中尉の謎めいた言葉の真意を理解した。

 候補生達は、しぶしぶながら装備品の装着を始めた。第一級野戦装備というのは、一切の後方支援が得られなくても、3日間はフルに戦えるだけの弾薬、食料を各個人が確保することであり、総重量は50キロにも達する。もっともこの基地では遠心重力発生方式によって最外部で1/2Gを作り出しているため、実質は25キロ前後ということだが、それでもしばらく無重力にならされてきた候補生達にとっては、死ぬほどの重さだった。

 かろうじて10分で装着は終わったものの、ほとんどがふらふらと、足もとがおぼつかない状態だった。
「ほらほら、どうした。そんなことじゃ、いずれ隊長になったときには部下に示しがつかんぞ」
 同じ装備をした軍曹の檄が飛んだ。さすがに軍曹はぴたっと腰が決まって、いかにもどっしりと安定していた。

「よし、では楽しい朝のジョギングだ。この格納庫は一周が約600メートルある。ここを20周する」
 えーっ、という声が候補生達の間から上がったが、中尉は構わず続けた。
「ビリっけつでゴールするか、最初に落伍した奴が朝食の当番だ。軍曹が先に、俺が最後尾につく。だからごまかしはきかんぞ。始めは多少ペースを落としていくから、十分ついていけるはずだ。いくぞ」
 まず軍曹が走り出した。その後を候補生達がバラバラと続いた。

 彼らは、円筒の内側をちょうど二十日鼠のように走っていた。ということは、終わりのないコースを走り続けるようなもので、目標がはっきりしないぶんだけ、より走りにくいと云えた。
 5周ぐらいは何とかついて行けた候補生達だったが、次第に縦に長くなり始め、10周を過ぎるころから周回遅れが出始めた。最後尾は、順当にいけば二人の女の子と思われたが、以外にも真ん中当たりで健闘していた。

 候補生の集団は、大きく4つのグループに別れていた。
 トップグループは3人で構成され、前から順に、マックス・フォン・エルガー候補生、アントニオ・サラヴァンディ候補生、ロバート・T・ウォーカー候補生と並んでいた。この3人はまだまだ余裕がありそうで、軍曹にぴったりついていた。よく鍛えられているといえた。
 トップから50メートルほど後に、セカンドグループが構成されていた。ここには、エルヴィン・A・マイケル候補生、ジョージ・タカハシ候補生の2人がいた。

 サードグループはほとんどグループと呼べないぐらいに間が開いていたが、それでもここと最終グループのあいだが300メートルも開いているため、あえてグループと呼ぶことにした。パトリック・H・シェルヴィ候補生、メロディ・アンダーソン候補生、ピーター・ブラウン候補生、レイコ・アヤセ候補生、の4人である。

 問題の最終グループには、ロベルト・バンディーニ候補生、ロニー・ウエイブ候補生、そしてジャン・マリー・ヴェルダン候補生がいた。ラストはあの、ヴェルダン候補生である。
 中尉はジャンの横にぴったりついて、なにかと声をかけていた。それも、皮肉たっぷりに。例えば、
「どうした。もう終わりか。もっとも、いずれ将軍になる身としては、走ることなんかより、椅子に座ってふんぞり返る訓練でもしたほうがよっぽど為になるか」
といった具合に。

 実際、ジャンはよくリタイアせずに走り続けているといえた。彼を支えていたのは強烈過ぎるくらいのプライドと、執念だった。気持ちが前へ前へといく分だけ上体は突っ込んでいくのだが、足のほうは全くついていけず、体が倒れる前にかろうじて足が間に合っているといった状態だった。
 結局、彼は他のメンバより2周遅れでゴールインした。

「全員整列」
 軍曹が号令した。床にへたりこんでいた候補生達は、よろよろと立ち上がると、かろうじて気を付けの姿勢をとった。
「ようし、リタイアが一人も出なかったのは褒めてやる。第一級野戦装備は解除だ。まて、喜ぶのはまだ早いぞ。第二級に変更するだけだ。15分の休憩後、またここへ集まれ。以上だ」

 すかさず軍曹が、
「解散」
と、号令した。
 候補生達は、それぞれの野営場所に戻ると装備を解き、休憩をとった。ほとんどが座り込むか、横になっていた。

 15分後、候補生達は集合場所に整列していた。今度はさっきと違って、小火器と応急処置キットだけという軽装備である。宇宙軍の将兵はほとんどの場合が第二級装備であり、第一級装備はパラトルーパーなどの特殊任務に就く者が、戦場に到着するまでにする位なのだった。そういう意味で中尉が第一級を命じたのは、候補生達の精神を叩き直すといったニュアンスがほとんどを占めていたといえる。

 集合した候補生達に向かって、中尉は、
「どうだ、少しは落ち着いたか。よし。今度はサーキット・トレーニングだ」
 またしても候補生達の間に、落胆の色が広がった。なぜならこのメニューは、彼らが士官学校に入学したとき最初に課せられたメニューだったからだ。このステップによって、彼らの間にしみついていた学生気分はたたき直され、優秀な士官としての第一歩を踏み出すのだった。いまや、全員がそのときの辛く苦しかった記憶を鮮やかに甦らせていた。

「懐かしいだろう。まず軍曹が手本を示すから、その後をついてやるように。なーに、順序は学校のと一緒だ。まだ憶えているかな」
 中尉が、候補生達の気持ちを見透かす様に言った。
 それからゆうに一時間の間、候補生達はたっぷり汗を絞られることとなった。
「どうだ、だいぶ体がほぐれてきたんじゃないか。よーし、朝飯だ。約束通り、ヴェルダン候補生。お前が飯の支度をしろ。他の者は支度ができるまで休んでよし」

「解散」
 例によって、軍曹が号令をかけた。
 候補生達は、それぞれ自分の場所へと戻っていったが、ジャンは朝食の支度の為に、食糧の入ったコンテナ置場の方へ歩いて行った。そのジャンに寄り添うようにメロディが付いていた。この二人、恋人同士なのである。
 その少し後に、ロベルトがついていた。彼はジャンの、云ってみれば取り巻きの一人だった。

 ジャンの将来性と、家庭の裕福さからくる気前の良さから、彼の周りには常に数人から多い時は十人以上の人間が取り付いていた。しかし、今度の実習に同行した彼のシンパは、メロディとロベルトだけだった。
 その様子を見て、中尉はジョージに近づくと、
「あの三人はいつもああなのか?」
 と言って、顎をしゃくって彼らの方を示した。

「ええ。メロディは奴の財産目当て。ロベルトは奴の威光目当て。全くああゆう奴らの気が知れませんね」
 ジョージは心底彼らが嫌いのようだった。
「お前は違うのか?」
 中尉が挑発気味に言った。
「まさか。私は人の力なんかあてにしちゃいませんよ」

「信じられるのは自分だけ、か」
「いけませんか?」
「いや、いい心掛けだ。だが、これだけは覚えておけ。人間一人の力なんてたかが知れている。自分一人じゃどうにもならんと思ったら、素直に助けを求めることだ。そういうときに頼りになる奴を、一人でいいから見付けておくことだ」

 中尉は片目をつぶってにやっと笑った。中尉はジョージが気に入ったようだった。
 中尉は立ち上がると、候補生達から少し離れて設営した、自分と軍曹のテントの処に歩いていくと、軍曹の傍らに腰を降ろした。
「どうだ。連中」
 中尉が聞いた。

「まあ、よくいる普通の学生じゃないですか」
 軍曹が笑いながら答えた。この男はいつもこういう調子で、なかなか本音を言おうとしないのであるが、その判断は実に的確なものがあった。中尉が彼を信頼しているのは、彼のこの部分によるところが大きかった。
「印象の強い奴はいないのか?」
「そうですね。エルガーとサラヴァンディはなかなか良い動きをしてますね。あとは、アンダーソン。彼女は、ちょっとした男なんかよりは使えるかもしれませんね」

「気に入った奴は?」
「特にいませんね。敢えて言えば、レイコ・アヤセぐらいかな」
 軍曹は冗談とも本気ともつかないような調子で言った。
「彼女はなんで士官学校なんか選んだんでしょうね。どうみても軍人向きじゃないのに。保育園の保母さんなんかやらせれば、ぴったりだと思いますがね」
「自分で聞いてみろよ」
 中尉もまた、冗談とも本気ともつかないような調子で答えた。この二人の会話はいつもこの調子だった。

「そういう中尉はどうなんです?」
 こんどは軍曹が逆襲にでた。
「おれか。おれはジョージ・タカハシが気に入った。奴は士官にとって最も大事な、確固としたアイデンティティを持っている」
「中尉と同じように、ですか?」
 軍曹が口を挟んだ。軍曹は、自分の思った通りだと云わんばかりに、笑いながら親指を立ててみせた。

 中尉はずばり核心をつかれて、苦笑した。
「そうだ。俺の若い頃に良く似ている」
 中尉はふと、昔を懐かしむような目をしたが、その追想もけたたましい音に遮られた。
「食事の支度が出来たわよ」
 続いて、メロディの透き通った声が響いた。


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