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第二章


 一時間後。
 候補生達は、息を切らせながらも辛うじて野営の準備を完了させていた。なにせ、誰一人として、野営など考えていなかったため、急いでテントやらシュラックやら、はては弾避けのパッドまで、大急ぎで揚陸艦から運び出さなければならなかったのだ。息が切れるのも当然といえた。

 しばらく姿を消していた中尉と軍曹が、格納庫の反対端から近づいてきた。
「ようし、終わったようだな。これで全員晩飯にありつけるというもんだ。はっはっはっ…」
 笑い声がだんだん低くなり、そして、真顔になった。嫌なことを思い出した、という雰囲気だった。
 なんとなく、それと察して、座り込んで頭を垂れていた若者達は、彼に注目した。

「ところで、一つ知らせておく事がある。ここへあと二人ほど残る事になった。一人は、両足切断の重傷だ」
 二人の女の子、メロディ・アンダーソン、レイコ・アヤセ両候補生の顔が、一瞬歪んだ。
「といっても、命に別状はないっていうんだから、タフな連中だ。第56独立機動擲弾兵小隊所属の、いわゆるスペース・コマンドだ」

「まあ、先輩として忠告しておくが、あまり奴らとは関わらんほうがいい。もっとも、こちらからコンタクトしない限り、向こうから接近してくる事はないがな。とにかく、奴らは本当の意味でプロだ。我々のように恩給目当てで戦をしているのとは、次元が違う」
 さすがに豪快な中尉も、このときばかりは僅かではあるが、何か恐ろしいものについてでも語るような口調になっていた。
 候補生達も、その気配を敏感に感じとったようだった。プライドだけは高い彼らも、中尉が最後に言った皮肉めいた言葉にも、誰も不満の表情すら見せなかった。

「奴らはフロアの反対側に陣取るそうだ。怪我人だけでもベッドに寝かせたらどうかって言ったんだが、柔か過ぎるベッドじゃ、落ち着いて休めんそうだ。さすがにどこぞのお坊ちゃまがたとは訳が違う」
 やっと中尉らしい不敵な笑顔を見せた。侯補生達は何とも言えない表情で、中尉を見返していた。

 フロアでは依然として、先遣隊揚陸艦への物資の積み込みが、あわただしく進められていた。
 その喧騒をよそに、12人の候補生達はいかにも手持ち無沙汰で、その場の空気から浮き上がっていた。
 そんな中で、軍曹だけが一人黙々と装備のメンテナンスをしていた。彼が目の前に並べていた武器は、一般の宇宙軍下士官の標準的装備だった。

 メイン・アームは、インターコンチネンタルウェポンズ社製M−116制式アサルト・ライフル。
 宇宙軍は、真空の無重力空間での戦闘を想定しているため、地上用のライフルとは要求される性能がまるで違う。最も大きいのは、完全無反動化がなされているということだろう。無重力下では、反作用を吸収することが極めて困難なため、無反動化は欠かせない。また、このことは銃の構造をシンプルにし、高い強度も必要としないという利点をも、もたらす。

 次に、戦場が宇宙船内となることがしばしばあるため、威力の有り過ぎる弾薬は、艦の外壁を破壊することになり、自らの命を危険に曝しかねない。また、射ち合う距離が比較的短いこともあって、小口径の低速弾、しかも人体だけに有効で、艦を傷つけない柔らかい弾丸を打ち出せる、ということが必要十分条件になる。

 この条件を満足するため、発射方式として一般に用いられる火薬ではなく、圧縮されたガスを使う。この方式は熱が発生しないため、銃本体にも弾丸にも最も条件の合ったプラスチックが使えることから、どちらも軽量化を図ることができ、低威力をカバーするためにフルオート時の連射速度を高く設定しても、焼き付きを起こす心配もない。さらに、薬莢が不要となることと、プラスチック弾そのものの軽さから、携行弾数が大幅に増やせるというのも大きなメリットである。

 従って、M−116も当然、無反動ガス発射方式を採用している。M−116が採用している方式は「ニュートン3」といって、理論的には一本のパイプの中央に背中合わせに弾を置き、その真ん中にガスを噴出させることで前後に弾をとばすというものだ。ただし実銃では、後ろの弾がマイクロチップ制御のバルブに置き換わっていて、ガスだけが銃床上部の排出口から吐き出されるようになっている。

 M−116の外観を特長づけているのは、いわゆるブル・パップ方式によるところが大きい。即ち、マガジンがグリップの後側に位置している訳で、このことは銃身の長さを短くすることなく、銃の全長を短くすることに貢献している。また、片手で持ったときのバランスも良い。
 宇宙軍将兵の評判もすこぶる良く、傑作銃の一つといえた。

 軍曹はライフルの整備を終えると、今度はサイド・アーム、即ちピストルを取り出した。SSA社製M2081オート無反動ピストルである。将校以上には正式支給されるサイド・アームだが、下士官以下でもプライベートに調達することは、黙認されていた。弾薬も個人で調達することになるのだが、軍の制式弾の場合は廉価で手に入れることができた。軍曹の銃も、もちろん9ミリ制式弾を使用する。

 この銃も、やはり「ニュートン3」方式を採用しているが、ピストルの場合は体の前で構えることが多いため、銃の真後ろにガスが吹き出す方式は実用的でない。そのため、ガスは銃の後端で斜め上方とグリップ下方に別れて排出される。ちなみにガスの量は、銃が回転したりしないよう、マイクロチップによって微妙に配分される。

 そして、アーミー・ナイフ。常に鋭く磨ぎすまされた刃身が不気味な光を放っている。どんなに火器が発達しようと、絶対に欠くことができないものだった。
 軍曹は一通りの点検を終えると立ち上がり、今度は柔軟体操を始めた。武器の手入れの後は、体の手入れといったところだった。

 格納庫内はあい変わらずの喧騒に包まれていたが、最後のトレーラーが出ていくに及んで、ようやく静寂が戻ってきた。微かな振動が伝わってきたのは、揚陸艦が、ドッキングを解いたためだろう。
 さっきまでは思い思いの格好でデッキの作業を眺めていた候補生達は、いよいよすることがなくなって、退屈そうに座り込んでいた。

「だいぶ、持て余しているようだな」
 若者達の後から中尉の声が響いた。またしても一時姿を消していた中尉が、戻って来たのだった。
 慌てて立ち上がろうとした候補生達を、手を上げて制しながら続けた。
「ああ、そのままでいい。今日のところはゆっくり休んでおけ。どうせ明日からは寝たくても寝られなくなるんだからな」

「それはどういうことなんですか」
 例によって、すかさずジョージが問い返した。
「明日になれば分かるさ」
 中尉がおどけて言った。しかし、中尉の目は少しも笑ってはいなかった。それは、ジョージを初めとする数人の候補生達を、不安におとしいれるには十分だった。


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