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 新世紀エヴァンゲリオン 蘊蓄コーナー
 過去の蘊蓄('99〜'97)

 本ホームページに使用した「新世紀エヴァンゲリオン」の画像は(株)ガイナックスにより掲載許諾を受けたものです。配布や再掲載は禁止されています。
(c)GAINAX/ProjectEVA,TXV,NAS


 警視庁の盲腸

 私は以前、Nifty SGAINAXフォーラム 邪推委員会 会議室で「巨大ロボットの二足歩行」について発言したことがありました(Mes14 #08504)。まぁ、ありていに言えば、懐疑的な訳です。
 最近、この件について再考する機会がありましたので、ちょっと記してみます。

 模型誌「ModelGraphix」(大日本絵画刊)には「迷走ガジェットFILE」という記事が、連載されています。筆者は、日本を代表するアニメータの一人、押井守氏です。
 この連載、'99.2月号からは「警視庁の盲腸」と題して「機動警察パトレイバー」企画当時の経緯についての手記となっています。('99.3月号、'99.4月号と掲載中。'99.5月号にも掲載予定。)
 例えば'99.2月号では、作品のコンセプトが20項目にもわたって詳説されている等、氏の考え方がよくわかる内容です。

 私はパトレイバーが、OVAに始まってシリーズが深まっていくにつれ、だんだんレイバーを描かなくなっていくなぁ、というのは初見当時から感じていました。
 シリーズの集大成とも言うべき、劇場版第二作(注1)では完全に脇役扱いですし、新OVAに到ってはその半数の回に、レイバーが全く出てこない(しかも、出てこない回の方が圧倒的におもしろい)ことを見ても、それは分かります。
 私はそれが、話が作り込まれていくにつれ、流れの中で必然性がなくなっていったからだ、と思っていたのですが、そうではないことが上述の手記('99.3月号)で明らかになりました。

 既にバックナンバーとなっているため、ここで要約(注2)してしまいますが、押井氏は巨大人型ロボットメカには(二足歩行だけでなく、反動の大きな銃器を撃たせることまで)懐疑的で、正当化するためには相当な理論武装が必要と考えていたようです(注3)。
 ところが、実際は氏の思惑とはまるで異なった方向(つまり、カッコ良さ優先)に展開していくこととなり、そのようなレイバーは「当初から」描きたくなかった、ということのようです。

 あの人間ドラマの密度の高さは、レイバーを少しでも出したくないという、ネガティブな要求から生み出されたものなのかと考えると、また違った楽しみ方ができるかもしれません。(勿論、穿った見方かもしれませんが…)

 私は、巨大二足歩行ロボットを全否定するものではなく、ただ、やる以上は徹底してその必然性を検証すべきだと考えているので、制作に携わる側にも自分と同じ(それ以上の)考えの人がいることを具体的に知ることができて、ちょっと嬉しくなりました。
 先日の「ステージドア」(NHK教育テレビの番組。インタビュアは竹中直人氏)といい、押井守氏はやはり目が離せない一人だと思います。

注1)パト2は単なるPart2物ではなく、Deathとはまた違った形の「総集編(注1の注)」と捉えるべき、というのが最近の私の考えです。

注2)私が個人的に行ったものであり、恣意的になるのは免れ得ません。機会があれば、是非全文を読まれることをお薦めします。

注3)これはあくまで私見ですが、どうも巨大ロボットに現実問題(技術的要因から運用組織に到るまで)を様々な形で突きつけることで、そこから生じる矛盾や軋轢に起因する悲喜劇をドラマ化したい、という思いがあったのではないでしょうか?

注1の注)総集編には「ダイジェスト」という意味合いと「エッセンス」という意味合いがあると思うのですが、パト2は後者の典型だということです。ただ、Deathがダイジェストかと言われれば、なんとも…


P.S.
「緻密な世界観と、その世界観に不釣り合いな巨大ロボットの取り合わせ」という点で、注目はガサラキです。あの(ボトムズの)高橋良輔監督作品なので、期待度大なのですが、これが結局ロボットを描かなくなるのか否か、興味の対象はそこに集中しています。
 なお、ガサラキについては、いずれ項を改めて書いてみたいと思っています。(って思ってましたが、別に書くこともなく終わってしまいましたです。はい。)
(99/03/06)(2000/04/15追補)

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 TV東京アニメ

 首都圏ローカルネタで恐縮ですが…
 今や、特に深夜枠を中心に、怒涛のごとく増殖中のTV東京のアニメ番組群。これら玉石混交(注1)とも言える番組群の中に、また一つ(私にとって)要注目の作品が現れました。
 月曜深夜25:15〜の「lain」です。

 といっても、まだ始まったばかりで、その目指すところなど詳細は不明のため、評価を下すのは時期尚早かも知れません。ただlainにも、南海奇皇と同じく「postエヴァ」の匂いを感じてしまうのです。
 尤も、アプローチの仕方は南海奇皇とは全く異なっていて、lainは「病的な空間の現出」というエヴァの方法論(結果論?)を踏襲しつつ、独自の展開を目指しているように思えます。

 あと、ビジュアル面ではエヴァの「電柱」に対し、「電線(注2)」が重要な要素になっているようです。
 それと、音楽に懐かしい名前(元「古井戸」!)がみられるのも嬉しいです。

注1:勿論、何が「玉」で何が「石」かは人によって異なるでしょう。また「全て玉(あるいは石)」という見解を否定するものでもありません。

注2:高圧電線って、唸るんですよね。本作品でも忠実に再現してますが、こういう「妙なディティールへのこだわり(パソコンがらみの描写には、口元が緩みっぱなし…(^^))」が、エヴァ同様、私の関心を強く引いた原因かも知れません。
(98/07/25)

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 WOWOWアニメ

 '98春から始まったWOWOWのオリジナルアニメ番組ですが、話題性では「ブレンパワード」なんでしょうが、個人的には月曜日に放映中のアニメコンプレックス内の「南海奇皇(ネオランガ)」に注目しています(注1)。
 というのも、これは歌でいう「アンサーソング」に相当するのではないか、と思えるのです。アンサーの対象は勿論、エヴァです。

 緻密に描かれたメカ、謎をちりばめつつ強引に展開するストーリーなど、エヴァを構成する要素を巧みに織り込みつつ、この作品では(現在進行中なので、今後の展開次第では大きく外すことになるかもしれませんが)エヴァが(敢えて?)触れようとしなかったものに、主眼が置かれているように思えます。それは「個人と『社会というレベル(階層)の他人』とのかかわり」です。

 エヴァでも「他人とのかかわり」は、主要なテーマとして描かれてはいます。ですが、それはあくまで「個人」としての他人に限られています。
 一方「他人」には、個人としての側面と同時に、集団としての側面、すなわち「社会」があります。そして「社会」は「個人」とは本質的に異なるものです。
 最近はやりの「複雑系」を持ちだすまでもなく、系はその属する階層によって、ふるまいが大きく変わります(注2)。社会という階層では、個人という階層では見ることのできない、別の支配則(例えば集団心理など)が浮かび上がってきます。

 つまり、エヴァが提示した「他人とのかかわり」というテーマも、個人のレベルで語っているだけでは解決のつかない問題もある、ということを言いたいのではないか、と思えるのです。
 そういう意味で、「南海奇皇」がどんな最終話を迎えるのか、注目していきたいと思っています。

注1:他の2本も割と気に入っています。「ああっ女神さまっ」には零号機、初号機、弐号機なんてのも出てきたし…(^^)

注2:例えば同じ「気体」でも、「実験室内の密閉された容器」という階層と「地球大気」という階層では、ふるまいが全く異なる。そのため、密閉された容器でだけ通用する法則を用いて天気予報をすることは、不可能なのである。
(98/05/16)

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 市立壱中女子制服の謎

 先日、制服姿の綾波のCG起こしていて、はたと気付いたのですが、壱中女子制服のシャツ(ブラウス)って、どういう構造になっているのでしょう?
 一見、普通のシャツ(ブラウス)のように思えるのですが、なぜか、正面にボタンがありません。(いやぁ、いざボタンを描こうとして、始めて気付きました。一体今まで何見てたんだろう(^^;)。)
 いわゆる「つっかむり」でないことは、第伍話の綾波の着衣のシーンからも明らかです。
 制服に隠れる脇(胸)の部分で止めているのかもしれませんが、それも襟の恰好からして、無理がありそうです。
 う〜む、これはエヴァ最大の謎かもしれない…(^^;)。
(98/05/09)

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 TVシリーズ最新解釈

 過去、TVシリーズに関しては、

・最後の2話で、それまでの謎を放り投げて、ちゃぶ台をひっくり返した。
・第弐拾四話までは、第弐拾伍、弐拾六話を語るための壮大なる前振り。
・全話を通して見ると、物語としての構造的破綻をきたしている。

といった意見があり、私も釈然としないものを感じていたのですが、最近(直接のきっかけはWOWOW版Death & Rebirthですが)「TVシリーズは完璧」という解を見つけました。これに拠れば「EOE(Air/まごころを、君に)」は全く不要です。


 まず前提となるのが、

「『エヴァ世界』は『我々の世界(リアル世界)』から外挿される未来の姿ではない。つまりエヴァとは、架空の世界で展開される架空の物語である」

 です。(パラレルでもバーチャルでも、その辺は構わない。)

 ある意味、それはフィクションである限りは当たり前なことだ、とも言えます。ですが、フィクションにも純文学等のように、あくまで現実の世界を前提とするものと、お伽話(ファンタジー)のように、現実には全くありえない状況を設定するものとがあり、エヴァは後者に属するという意味です。

 それを示唆するものは、本編中の随所にちりばめられています。
 例えば、メカや日用品の緻密な描写は、リアリティへのこだわり、という見方もできますが、実は全く逆で、2015年という設定を考えれば、それらが時代を正しくシミュレートした「あるべき姿」にしようとする意図は全くないという意思表示、ととれます。ユニゾンの時のカレンダーも然り。ペンペンハウスも然り。

 さて、上述の立場から第弐拾伍、弐拾六話(あるいは人類補完計画のプロセスと言ってもよい。)を見直してみると、これは、

(1) エヴァ世界を基準として、そこから虚構(仮想)の世界をシミュレートしたものであり、それは物の本質を際立たせるために寓話に託して語るという、エヴァ自身(に限らず物語一般)が取っている構造と同じである。

(2) その「虚構の世界」というのが(偶々?)「我々の(リアル)世界」である。

となります。一方これは、エヴァを見ている私達を含めると3階層構造になっていて、1階層目と3階層目が同じもの、即ち「我々の世界」になっている、ということでもあります。

 ですから、第弐拾四話以前と以後で断絶はあって当然です。世界が違う訳ですから。また「学園エヴァ」をはじめとする「補完の世界」が妙にリアルなのも然りです。「我々の世界」そのものなのですから。
(実際、「学園エヴァ」では「エヴァ世界」固有の要素が、注意深く取り除かれていることに着目する必要がある。)

 この構造はすごいです。寓話としての体裁を取りつつ、人類補完計画という窓を通して、そこで語られているのは「リアルそのもの」な訳ですから。


 ただし、この解でもまだ決着がついてないのが最後の「おめでとう」です。

 物語というものの構造からすると、ラストは補完が完了し、シンジ君は目出たく「虚構の世界」から「エヴァ世界」に戻って終わる、というのが順当だと思うのですが、本当にそうなのかはよく分かりません。(EOEのラストまで含めると、ますます分からなくなります…)
(98/01/31)

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 キャラクターの誕生日

 私は以前、Nifty SGAINAXフォーラム 邪推委員会 会議室で、ミサトと声優の三石琴乃さんの誕生日が同一であることから、各キャラクタと各々の声優さんの誕生日は同一なのではないか?という発言(#06135)をしたことがあったのですが、トウジとケンスケの誕生日が異なっていたことから、撤回したことがありました。
 が、EOEパンフレットの用語集にある各キャラクタの説明(ここにはトウジとケンスケは含まれていません。また、春エヴァの\500パンフには既に載ってたそうですが、知りませんでした。)によれば、誕生日(とシンジを除く血液型)は全て声優さんのそれではないですか!(^^;)
 でも、そうするといくつか疑問が…

・アスカの場合
 12/04生まれだとすると、(私のカレンダーでは)第拾四話終了時点で年齢が一つ上がることになります。もし、エヴァ世界の学校が我々世界のそれと同一基準だとすると、アスカは登場時13歳だった、ということになります。が、編入が一学年下げて行われた可能性もあります。この辺りは、アスカが後半になるにつれてシンクロ率が低下することにも絡めて考えると、面白そうです。

・リツコの場合
 11/21生まれだとすると、大学ではミサトより一年先輩の筈なのに、第弐拾壱話の様子からは同学年のように見えます。だとすると、それまでの間に1年のブランクがあることになります。高校卒業直後の一年はMAGIの追い込みに付き合わされた、とみるのが妥当なところでしょうか。

 という訳で、エヴァ世界の出来事カレンダーには、誕生日情報を追加しました(^^)。
(97/08/23)

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 EOEについて

 EOE(新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に)、ようやく観ました。
 内容に関しては、正直予想していたものと大分異なっていました。
 ただ、「全ての謎を解明した」というよりは「全ての謎に決着をつけた」という、制作サイドの意志のようなものは感じました。
 さて、EOEでも解かれなかった謎は多く、また解かれた謎も、自分としては今一つ釈然としなかった部分も多かったので、この際自分なりの解釈を「エヴァの謎に関する一考察」として、まとめてみました。
(97/08/30)

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 吊り下げられた突撃銃

 巷は、公開されたEOEの話題で騒然としているこの時期に、のどかな話題で恐縮ですが…(実はまだ観に行ってないんですぅ。そのため、SGAINAXも断っている私…)

 第弐話に、クレーンに吊り下げられたエヴァ・サイズのアサルト・ライフル(突撃銃)が登場しますが、これ実は、最初に見たときからモデルは何だろう?と思って、いくつか資料を当たってみたりしたのですが、結局分からずじまいでした。
 で、先日たまたま「アップルシード総集編」(士郎正宗・青心社)を見ていて、その中に登場する「セブロMN−23」が大変良く似ていることに気付きました。ただし全くの同型と言うわけではなく、全体のアレンジ(それも前半分。後半分はやや異なる。)が酷似しているのです。
 まぁ、ガイナックスと士郎正宗氏はまんざら縁がないわけでもない(ビデオ版アップルシードは、制作:ガイナックス、メカニックスーパーバイザー:庵野秀明(!))のですが、本当の所は良く分かりません。
 ただ、あまりにも個性的なデザインなので、そうそういくつも似たものがあるとも思えず、当たらずとも遠からず、という線ではないかと思うのですが…
(97/08/02)

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 地底湖に浮かぶ軍艦

 地底湖に浮かぶ軍艦は、劇場版と第拾九話に登場することは既に確認済でしたが、ビデオを見直していて、第弐拾参話にも登場していることを再確認しました。(リツコさんがおばあちゃんと電話してるシーンの直前。)
 で、私は第拾九話からこの艦を、ソビエト(ロシア)海軍の「ウダロイ」級と推定した(Nifty SGAINAXフォーラム MES14 #9998参照)のですが、第弐拾参話の絵を見ると、明らかにシルエットが違います。
 第弐拾参話の艦は、海上自衛隊の「たちかぜ」型とみてほぼ間違いなさそうです。
 となると問題は、なぜ話数によって艦種が違うのか、ということですが、
(1) 外部と繋がっている水路またはリフトがあって、艦の入れ替えが出来る。
(2) 実は二隻ともいるのだが、カメラアングルの関係で一隻ずつしか見えない。
(3) スタッフの趣味で、描き分けている(^^;)。
 劇場版を観る限り、どうも(2)のような気がします。
(97/08/23)

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 ネルフ物産(株)

 これは、ネルフ(職員)にも日々の生活というものがあるんだろうなぁ、というところから妄想が膨らんだものです。おそらく、こんな部署もあるのでは...

 ネルフ物産(株)には「食品部」の他に「みやげもの部」というのもあり、お仕事で忙しい職員の家族サービスに一役買ってます。ちなみに、取り扱い商品を一部紹介すると、

・元祖 ネルフ饅頭(12個、24個入り)
・元祖 ネルフの月(6個、12個入り)
・元祖 ネルフ羊羹(単品。2本、3本各詰合せ化粧箱入)
・元祖 ネルフ人形焼(6個セット。内訳は、ネルフ本部、エヴァ零号機、碇指令、綾波レイ1、2、3)

・ネルフ浴衣(小児用、S、M、L、LL、XL)
・ネルフ手拭い
・ネルフ紙コップ(10個セット)
・ネルフ団扇(注:第弐話でミサトさんが使ってた奴です。)
・ネルフろうそく(注:第拾壱話で発令所内にならんでいた、アレです。)
(一部に「ねるふむち」「ねるふなわ」という、まぎらわしい商品が出回っておりますが、弊社とはなんの関係もありません。)

・ネルフ本部本館型文鎮(アンチモニー製、インク壷付)
・ネルフ本部ペナント(大、中、小)

・エヴァ用ライフルの使用済薬莢(5個/月限定)
・エヴァの破損パーツ(不定期。時価。配達は承っておりません。)

人形焼きは実演も見られる。(各商品とも、通販は不可。)
(97/03/30)

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 ミサトカレーの正体は?

 第伍話で登場したミサト謹製のカレーの正体は...ずばり、ラー油入りカレー。
 理由は、天井からの俯瞰ショットで、カレールーが分離しているのが認められるから。(97/03/30)

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 ユイとゲンドウ

 ユイは登場シーンが少ないため、推測しにくいのですが、おそらくユイとゲンドウの間には、
 <ユイ>          <ゲンドウ>
 理想主義          現実主義
 一点注視型         全体俯瞰型
 最善のケースを想定して行動 最悪のケースを想定して行動
 一生懸命やることが大事   結果が大事
ぐらいの違いがあるよう思われます。まるで水と油です。
 ゲンドウのユイへの接近は、冬月のモノローグ「ユイ君の才能とそのバックボーンの組織を目的」にもあるとおりで、これは間違いないとみていいでしょう。
 そういう状況を加味した上で、「ユイが消滅したことで、彼がユイの世界観も含めて全てを引き継いだ」とするならば、それは彼にとってはコペルニクス的(パウロ的?)転回と言えるでしょう。
 そうなると
(1) ユイの消滅は彼の人生観までも変えてしまうほどの衝撃的出来事だったのか?
(2) そもそもゲンドウというのは、そんなヤワな人間だったのか?
という疑問点が出てきます。
 この辺が私のゲンドウに対するイメージ(思い入れといってもいい。)と、どうも整合しないのです。

p.s.
 アスカがレイに対し「ファーストって目的のためなら手段を選ばないタイプね」って言っているのは興味深い。これはユイというよりゲンドウの資質に近い。

 私、ユイの消滅はゲンドウが仕組んだとまでは言わないまでも、彼の野望の達成には何の障害にもならない瑣末的事項くらいにしか考えていなかった時期もありました。
(97/03/30)

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