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第四章


 博士たちがデータ解析を行っている隣の格納庫では、惑星往還用シャトルの準備が進んでいた。

 シャトルは全長30メートル。一見すると、サメか鯨を思わせる形状をしていた。宇宙船には珍しく紡錘形をしているのは、大気中を移動することも考えられているためだ。いわゆるリフティングボディ形状により、大気中では胴体自体が揚力を発生する。胸鰭や尾鰭に相当するような短い翼は、浮くためではなく、バランスを取るためについている。

 シャトルには対象とする星の状況によって、いくつかの着陸のバリエーションがある。
 大気があって、なおかつ整地されたフィールドが存在する場合は、飛行機のように滑空して着陸する。これが最もエネルギー消費が少ないためだ。

 だが、今回のように大気はあるものの、不整地に降りる場合は、数種類のパラシュートと、大気を圧縮して噴出するファンエンジンの噴射力により軟着陸する。
 エネルギーの消費量は大きくなるが、ずっと逆噴射を続けるよりは、はるかにましだ。

 ちなみに大気がない星に降りる場合は、その「ずっと逆噴射を続ける」以外に方法がない。ただし、この場合は大気の摩擦抵抗もないため、無骨な形状のタンクを装着して降下することになる。
 帰投するときは昔ながらのロケットと同じく、推進剤を燃焼させて上昇する。そのため、胴体の両脇には大きなブースターを装備していた。

 シャトルの整備には、本来なら十人以上が必要とされるが、今回はわずか二名で行っていた。
 一人は、クリスを案内していた整備兵のヘルマン・ハインツ一等宙兵。もう一人は、大柄で浅黒い肌、彫りのはっきりした顔立ちの男で、ラシッド・シン曹長。整備主任である。

 こんなに少ない人数でも整備が可能なのは、戦場と違って分秒を争うほどの迅速性が要求されないこと、装備が簡略化されて一部にセルフチェック機構が追加されたこと、それになにより、この二人が優秀な整備士であること、という点にあった。

 付け加えると、シャトルだけでなく、船全体の整備もこの二人だけで行っている。
 二人はてきぱきと作業をこなし、準備を整えていった。

 一方、ラボの中では、博士がコクピットの船長と話し合っていた。
「トールの一日は、ご承知のとおり約四十二時間。目標地点が日没を迎えるまで、あと二十時間あります。シャトルの点検は三十分程で終わりますが、すぐに降りますか?」
「四十時間も待つのはつらいですね。降りましょう。我々も三十分で準備します」
「分かりました」

 三十分後。シャトルの前に全乗組員が集合していた。ただしミランド大尉だけは、コクピットからディスプレイによる参加である。
 船長が口を開いた。

「当初の予定通り、スチュワート博士、ヤマモト研究員、ハインツ一等宙兵、それに私の四名が降下する。滞在予定時間は百時間。状況によっては延長もあり得るが、最大でも百五十時間が限度だ。それを過ぎたら、どんな大発見があっても帰投する。また、シャトルの燃料の制約から、再降下はできない。従って、一回勝負だ。何か質問は?」

「皆さん頑張ってください。僕は上空から成功を祈ってます」クリスが他人事のように言った。彼は船に残って計算の続きと、後方支援を担当するのだ。
「君が行けばいいのに。もっともあの程度で船酔いしているようじゃ、降下には耐えられそうもないか」すかさず、ディスプレイの大尉が嘲笑気味に口を挟んだ。

「そういう君こそ、兵隊さんと一緒じゃなきゃ、敵の姿もない星にさえ降りられないんじゃないのかな」クリスも黙っていなかった。
「言わせておけば…」ディスプレイごしでも、大尉の顔が赤くなるのが分かった。

「質問は?」船長が一際大きな声で繰り返した。その迫力に圧されて、二人は黙り込んでしまった。
「なければ搭乗」今度はずっと柔らかい声で、命令を下した。
 ヘルマンは駆け足でシャトルの搭乗口に向かった。博士とイサオも後に続き、船長が最後に乗り込んだ。一方、シンはクリスをうながし、格納庫上部にあるオペレーションブースへと向かった。
 
 船長は、副操縦士席に座ったヘルマンとともに、手馴れた様子でチェックを進めた。博士とイサオは、そのすぐ後ろの席でじっと見守っている。

 機体の大きさの割に、コクピットは狭かった。強度上の問題もあるのだが、最大の理由は少しでも多くの燃料を搭載するため、それ以外のスペースをぎりぎりまで切り詰めているためだった。シャトルはまさに「空飛ぶ燃料タンク」なのだ。

「準備完了。ベイ、オープン」船長が指示を出した。
「了解。オープンします」ブースのシンが応えた。
 シャトル前面の壁がゆっくり開き、漆黒の闇が顔を出した。

 機体を載せたレールが延びて庫外へ滑り出すと、闇は全ての窓を覆った。
「発進」船長がスイッチを押した。
 軽い衝撃が伝わり、機体がレールから離れたことを知らせた。

 やがて黒一色だった正面の窓に、下のほうから薄赤いものがせり出してきた。トールだった。それがどんどん大きくなっていく。まさにトールめがけてダイブする感覚だ。高まる加速感に、博士は思わず息を呑んだ。

「高度四万メートル」ヘルマンが高度の読み上げを始めた。
「大気圏に突入します。しばらくは揺れますから、そのつもりで」船長が後ろの二人に注意した。

「高度三万五千メートル」読み上げが続く。
「バリュート展開」バリュートとは、機体の下に広げるクッションのようなものである。これで減速と摩擦熱の遮断をおこなうのだ。

 突き上げられる動きの後、降下スピードが少し落ちた。と同時に、機体がかすかに揺れ始めた。それはだんだん激しくなり、やがてシートベルトで固定していなければ、弾き飛ばされそうなくらいの勢いになった。

 窓の外が、それまでのグレーから燃えるような明るいオレンジ色に変わった。博士は似たような光景を、宇宙から地球に戻るときに何度か経験しているが、突入速度が段違いに大きいので、それは比較にならないくらい派手なものだった。

「高度二万メートル」とヘルマン。
「バリュート切り離し」と船長。
「切り離します」既に半分燃えかかっているバリュートの破片が、窓の外を横切っていった。

 すーっと加速感が増したかと思うと、
「高度一万五千メートル」。
「プライマリーシュート展開」これは小ぶりのパラシュートで、減速用というよりは余分な加速を抑える役目をもっていた。

 再び振動が激しくなった。
「高度一万メートル」に、
「メインシュート展開」今度のは巨大な三個のパラシュートで、これは減速が目的である。

 傘が開くと同時に、突き上げる感じのひときわ大きなショックが襲った。
「あとはあまり揺れませんよ」と、船長が振り返った。
 確かに、先ほどまでの突き上げられるような揺れから、振幅の大きなゆったりとしたものに変わった。

 実は、機体はパラシュートにぶら下がって単純に落ちている訳ではなく、機体が発生する揚力も利用しながら、大きくらせんを描くようにして飛んでいるのだ。こうすることで、降下速度を少しでも抑えることが出来るのだった。

 ここまできて、ようやく博士は窓の外をじっくり見る余裕ができた。思ったより外は明るく、中から見ても空はやはり薄赤い色をしていた。
 下を見ると、例のサークルが見えた。予定通りとはいえ、正確な操縦に博士はちょっぴり感動した。

「高度三千メートル」
「ファン始動」それまでとは違う、もっと小刻みな振動が始まった。
 それとともに、降下速度がぐっと緩やかになった。こうなると、普通の飛行機に乗っているのとさほど違わなかった。

 地面がぐっと近づき、一斉にほこりが舞い上がったかと思うと、軽い衝撃を感じた。着陸したのだ。
「お疲れ様でした」船長が振り返って、にっこり笑った。
 時間にして、ほんの数十分の出来事ではあったが、博士はどっと疲れが出るのを感じた。が、そんなことは言ってられない。まだまだ事は始まったばかりなのである。


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