ホーム創作ストーリー宇宙船A・R・ウォレス号の冒険>第一章

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第一章


「ああ、頭が痛い」
 左手で額の辺りを押えながら、足元も覚束なく、一人の男がコクピットに入ってきた。
長身を折るようにしているのは、単にコクピットが狭いだけのためではなかった。

「始めは誰でもそうです。こればっかりは、シミュレーションじゃ再現できないんでね。そのうち慣れますよ、多分」
 操縦士席で、フライトデータのチェックをしていた男−ジャン・フィリップ・デュロワ中佐−が、顔も上げずにいった。彼は全く平気らしい。もっとも、光速航行のたんびに船酔いにかかっていては、プロの宇宙船乗りは務まらない…

 入ってきた男は、空いている椅子に倒れ込むように座ると、まだ首筋の辺りをもんでいた。
「まぁ、普段から鍛えていれば、ずいぶんと違うんですけどね」
 航法士席の男が、同じく、注視しているスクリーンから顔をあげずに、だが、いかにも皮肉たっぷりに言った。彼は、長身の男にあまりいい印象を持っていないようだった。

 長身の男−フランシス・J・スチュワート−は、航法士席の方にちらっと視線を送ったが、結局、何も言わなかった。

 彼には分かっていた。航法士席の男−ジェームス・L・ミランド大尉−が自分を嫌っていることを。いや、正確に言うと、大尉が自分達のために働かなければならないことを、いさぎよしとしていないこと、それが転じて自分達につらくあたっていることを。

−まぁ、エリートコースまっしぐらに突き進んでいた硬骨漢が一転、駆け出しの学者見習いのお抱え運転手を仰せつかれば、そりゃ「すね」もするか−
 大尉の皮肉を聞く度に、彼はそうやって心の中で苦笑するのだった。

 彼は、目の前の分厚い透明ガラスの向こうに、ちょうど地球で見る月に相当する位の大きさの星が浮かんでいるのに、ようやく気がついた。

 それまでの頭痛など一気に吹っ飛んで、「あれがトールですね」と叫ぶなり、勢いよく立ち上がった。途端に、キャビンの天井から張り出しているモニターセットにしたたか、頭を打ちつけた。

「ここは狭いですから、気を付けて下さい。あぁ、もう遅かったみたいですが」
うずくまる姿を横目に、大尉が笑いをかみ殺すように、忠告した。
 彼が暫くの間、それまでとは別種の頭痛に悩まされることになったのは、言うまでもない。

「博士、やっぱりここだったんですね」
 コクピットのドアが開くと、その向こうに二人の若い男の姿が見えた。
 一人は博士と同じく、蒼い顔をした青年。もう一人の男に寄り掛かるようにして、かろうじて立っているように見えた。

 寄り掛かられているもう一人は、二人の乗員と同じく軍服姿の、まだ少年といってもいいだろう。ただ、二人と微妙に服のデザインや色が異なっているのは、少年が将校ではなく、兵士だからだった。

 博士に声をかけたのは、青年の方だった。
 彼はまだ、この「博士」という呼ばれ方に、居心地の悪さを感じていた。無理もない。ほんの二カ月前に授与されたばかりなのだから。

 もっとも、彼には、地球から150光年の彼方、へび使い座方面、第33宙域、第4太陽系、第2惑星近傍にいることの方が、遥かに居心地の悪いことではあったが。

 少年の方はドアの向こう側で敬礼をすると、そのまま姿を消したが、青年−クリス・M・ゴールドシュタイン−の方はコクピット内に入ってきた。歩く足下は、博士と同じくおぼつかない。

「ほう、先生だけかと思ったら、生徒まで蒼い顔とは。よくよく教育が行き届いているようで」
 大尉の毒舌は、クリスにまで及んだ。

 クリスは大尉の方を一瞥すると、
「僕はあいにくクルーザ以外は乗ったことがなくてね。こんな殺風景な船は、停まっているだけでも目眩がしそうだよ」

「ほう、クルーザってのは女子供のオモチャかと思ってたぜ。ということは、俺の目の前にいるのは、まだ髭も生えないお子さま野郎だってことか」

「やれやれ。ポンコツなのは船だけかと思ったら、乗組員までそうらしい。最新のクルーザがどんなものか、ご存じないとは」

「呑気なもんだぜ。俺達が命がけで守っているのがこんなおぼっちゃま達だと思うと、感激で涙が溢れるね」
「一体『誰』から守ってくれるっていうんだ。一度会ってみたいもんだ」

「先生。周回軌道までは二時間ほどですから、準備の方をお願いしますよ」
 中佐が二人をやんわりと制止するよう、口を挟んだ。

「あ、あぁ、そうするよ」
 きっかけを掴めずに、ただ成り行きを見守るだけだった博士は、ようやく口を開き、
「あぁ、ゴールドシュタイン君。一緒に来てくれたまえ」
と、コクピットを離れた。

 狭い通路をしばらく進むと、二人は急に開けた場所に出た。ちょっとした体育館ほどの広さがある。降下モジュールを収容するための格納庫だった。
 なぜそんな設備があるのかといえば、それは本艦が、宇宙軍に所属する軍艦だったからだ。

 だった、というのは、今は違うということを意味する。名前も、従来は「ワーテルロー」と呼ばれていたが、それも異なる。
「アルフレッド・ラッセル・ウォレス」号。
 それが新しい、本艦の名前である。命名者は博士ではなかったけれど、彼はその名前が好きだった。

 さて、本艦の現在の役目、それは、スチュワート博士の手足となって宇宙の各地に赴き、彼の研究を手助けすることにあった。

「宇宙考古学」。
 それが、博士とそのグループの専門分野だった。そして、博士はその分野における、世界で初めての研究者なのだった。

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