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第十六章


 最初の試験飛行から、二日が経った。

 戦車の整備も完了し、後は動力源の石を待っての試運転が待っているだけだった。
 その石の生成も順調に進み、翌朝には必要量が揃う目処も立った。

 石の生成を待つ間、綾華も飛行を体験した。無論、飛行機の方である。
 感想は、綾華の方が的確だった。いわく、
「自転車を目一杯漕いだときの百倍爽快」だそうだ。

 昼食が済んで、つかの間のくつろぎを満喫しているとき、ふいに「ドン」という鈍い音が、辺りに鳴り響いた。
 春吉と綾華が、何事かと顔を合わせる。
「いよいよ、お出でなさったか」老人がうそぶいた。
「え?」春吉が老人の方を振り向き、聞き返す。

「なに、例の連中じゃ。この辺りには、あちこちに罠が仕掛けてあってな、それに掛かると、ああして花火が打ち上がるという寸法じゃ。音の様子からして、谷側の川下の方じゃな」
 とは言え、山の反対側にあるこの小部屋からでは、目視で確認できない。二人に緊張の色が走る。

「罠にかかったのは、例の猿のような奴じゃろう。正しくは、ほむんくるーす、略して『骸(むくろ)』じゃ」
「大方、斥候として放たれたうちの一匹が、試験飛行を目撃でもしたか。じゃが、骸は頭が悪い。じゃから、正確な場所は覚えておらん筈じゃ。じっとしていれば、そう簡単には見つからん」

 一瞬の沈黙の後、老人はニヤリと笑うと、
「じゃが、待っているだけでは面白うない。先制して攻撃に出る」
「戦車を出すぞ。おっと、わしと坊主で出る。嬢ちゃんは残れ」

 春吉より先に立ち上がろうとした綾華を、老人は押しとどめた。
 綾華はもちろん不服顔だが、老人に議論の余地はなかった。
 渋々従う綾華。

「これだけあれば、なんとかなるじゃろ」
 老人は石の精製具合を確かめると、既に出来上がった分を春吉に持たせ、戦車に乗り込んだ。
 戦車の内部は思ったより狭い。周囲には大きな円盤が合計八個並び、その隙間から、同じく八つの筒が突き出している。
 中央には、ゆうに二抱えはあろうかという円筒が、床から天井近くまでを占めていて、室内をさらに狭くしていた。

 老人は円筒下部の扉を開けると石を収め、春吉に、円筒から支柱によって突き出した席に座るように命じ、自らは円筒上部に設けられた席に座ると、梃子を操作した。
 ウィーン、というかすかな音とともに、車体が少し持ち上がった。
 ふわっとした感触は、あの飛行機械に似たものがあったが、それよりは固めで、気分が悪くなる程ではなかった。
「こいつも空気を吸い込んで下の隙間から吹き出す。それで動きが軽くなるという訳じゃ」

 老人が再び梃子を操作した。
 すると、今度は周囲に置かれた大きな円盤、即ち移動のための車輪のうち、左右の一対がゆっくりと回り始めた。同時に、車体が前進を始める。

「坊主には大筒の撃ち手を任せる。いきなり実戦じゃが、わしの指示どおりに動けばええ」
 春吉の席は、車体の周囲から突き出した筒、即ち大砲の砲手席として、足下のペダルを漕ぐと、中心部を軸に回転する構造になっていた。
 それぞれの砲には、方角と同じく「丑、寅」等の名前が書かれた札が貼られていて、どの砲を打てばよいのかが分かり易くなっていた。

 戦車は、扉を車体前部で跳ね上げるようにしながら前進し、外に出た。
 川の手前で今度は前後の車輪が動き始め、進む向きが川下側に変わった。春吉は慌てて足下のペダルを漕ぎ、進行方向に向きを変えた。
「このまま、裾に向かう」戦車は斜面を勢いよく駆け下りる。

 暫く進んだところで、戦車の頂部に作られた隙間から外を見ていた老人が、
「おう、ここじゃな。見てみろ」と、春吉を促した。
 春吉は身を乗り出し、砲の脇の覗き窓から外を見た。
 そこには、緑色のドロドロした塊が散乱していた。運悪く、花火の直撃を受けたらしい。

 春吉は、綾華の別荘で見たあの生き物の姿を思い浮かべた。醜悪ではあるが、それがこのような姿になると、それはそれで哀れである。
 思わず春吉は窓から顔を離し、悲しげな表情になった。
 そんな春吉の心痛を察してか、老人は、
「案ずるでない。奴らは正確に言うと生き物ではない。言わば、木偶(でく)のようなものじゃ」

 と言われても、春吉はすぐには理解できない。だが、思案している暇はなかった。
 林の中から数体の地上型骸が現れたのだ。
「丑の筒、青色の弾込め」
 老人が短く指示した。

 春吉は足下のペダルを漕ぎ、指示された砲の前で止めると、砲の脇から、青く塗られた弾を取り出して装填した。
 そのまま、尾栓を閉めようとした春吉に、
「慌てるでない。火薬じゃ」老人の声が飛ぶ。

 春吉は、弾の脇から火薬を取り出すと砲に詰め、尾栓を閉めた。
「撃つ前に、筒をできるだけ上に向けろ」
「紐を引くと弾が出る。わしの合図で引っ張れ」老人の指示が立て続けに飛んだ。
 春吉は、砲尾をぐいと押し下げ、下部に垂れ下がっていた紐を握った。

「引け」
 車内に轟音が響いた。春吉は一瞬身を強張らせたが、すぐに気を取り直して、砲の脇の小窓から外を覗いた。幾筋かの炎の塊が、乱舞を終えようとしているところだった。

 群がってきていた骸の何体かは、すでに溶けかかっていた。
「青い弾には硫黄と燐が詰まっておる。砲口を出た直後に発射薬の火で燃え上がり、火の雨を降らせるという寸法じゃ」
 老人が手短に説明した。

 今度の説明も春吉にはよく分からなかったが、それは内容の問題だけではなかった。発射時の轟音で耳が痺れ、聞き取りにくくなっていたのだ。
 それでも、春吉は老人の指示を何とか聞き取って、次々と弾を込めては撃ちまくった。
 途中からは、耳だけでなく脳味噌までもが痺れて、何がなにやら朦朧とする中で、ただひたすら同じ手順を繰り返していた。

「ようし、撃ち方止め」
 老人の声は、普段よりよほど大きかったが、春吉には遙か洞窟の奥からでも響いてくるような感じだった。

 春吉は、見渡せる範囲にぐるりと目を向けた。
 外に動く物の気配はなかった。覗き窓から見える、狭い範囲からでも、凄惨な光景が見て取れた。
 だが、さっきほどにショックを感じないのは、脳が痺れているからか。

「さて、ひとまず戻るとするかの」
 老人は頂部の扉を開けると、座席を引き上げて上半身を外に出した。春吉にも上がるように指示し、後方の警戒に当たらせた。
 どうやら、全滅したか、完全に退却したか、これ以上の攻撃はなかった。

 格納庫下まで戻ってきたところで、
「おじーちゃーん、はーるー」
 不意に、綾華の声がこだました。
 二人が同時に中空に目をやると、綾華が飛翔型3体に取り押さえられ、宙に浮いていた。

「しまった」
 老人が素早く辺りを見回した。
 飛行機の発射口が開いていた。綾華がじっとしていられず、扉を開いて、外の様子を伺っていたようだ。

 老人には、綾華の性格は、もう充分把握できていたはずだった。それを考えれば、老人の判断は迂闊と言っていい程のものだった。
 春吉の脳裏に一瞬、老人を買いかぶりすぎていたかも知れない、との想いがよぎった。
「もっと念を押しておくべきじゃったかの」老人の言葉は、春吉の気持ちを逆なでするかのように、軽く響いた。

 山陰から、大きな黒い固まりが、ゆっくりと姿を現した。
 全長30メートルくらいはあろうかという、その葉巻のような物体に、綾華達が吸い込まれていった。
 飛行船だった。

 飛行船はゆっくり旋回すると、二人の視界から消えていった。
 二人はただ、呆然と見送るしかなかった。

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