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第十二章


 再び階上に戻った春吉が、老人の指示で壁の羽目板を押し上げると、まばゆい外光が目を射た。この格納庫は山の頂上近くにあり、この一角は外部と接しているのだ。
 樹木と巧妙なカムフラージュのおかげで、板を外しても外から気づかれる心配は無い。尤も、周囲にこちらを覗き込むような人など、住んではいないが。

 この日、春吉と綾華の仕事は、まずは積年の埃を払い落とすことから始まった。
 井戸はなかったが、川から引き込んだ水路がすぐ外を流れていて、水は容易にすくい取れた。

 しばらくして老人は、
「わしは麓の村で食材を分けてもらってくる。お前たちは続けてくれ」
 と、出ていった。

 半日ほど費やして、二人は格納庫上階部分の掃除を終えた。
 そこに、ちょうど老人が戻ってきた。絞めたばかりと思われる鶏を手に、背中には野菜がはみ出さんばかりの籠を背負っている。

「めしの支度が出来るまで、もう少し続けてくれや」二人は同時に頷いた。
 ここにも下の部屋同様、厨房の設備があったが、こちらは外に開いているので、石を使うのは危険である。という訳で、薪を使う普通の釜戸になっていた。

 綾華に保存食材を取りに行かせると、老人は器用に鶏を解体し、腿肉と野菜の煮込みを作り始めた。
「それにしてもじいさん、料理の手際がいいなぁ」春吉が感心する。
「放浪の旅が長かったでな。その間に覚えた」手を休めずに、老人が応えた。

「これ、フランスの家庭料理ね」香辛料その他を手に戻ってきた綾華が、覗き込んだ。
「おー、よく知っとるの」老人の目が細くなった。
「フランス人のお友達の家で、ごちそうになったことがあって」綾華は屈託なく答えた。
 三人は、何日ぶりかの食事らしい食事をとった。

 昼過ぎから下階の掃除に取りかかった三人は、その日のうちに終わらせることができた。
 翌日、老人の監督のもと、春吉は飛行機の整備に手をつけることになる。

 点検の結果、構造部材はしっかりしていて、強度上の問題はなかった。ただ、可動部が若干錆びついているのと、布張りの個所が所々剥がれたり弱って切れそうになっていたので、張り替えが必要だった。こちらは綾華が担当することになった。

 春吉は取り外せるパーツを全てはずし、きれいに磨き上げた後、再び組み上げた。油をさし、スムースに動くまで調整を続けた。
 こうして、二日半ほどかけて、機体の整備は完了した。

「どうじゃ、飛ばしてみるか?」老人が春吉に尋ねたのは、昼食を取り終えてくつろいでいる時のことだった。

「でも、どうやって飛ばすの?」春吉が素朴な疑問を口にした。
 滑走路もないこの山の中で、紙飛行機ならいざしらず、これだけの機体を飛翔させる方法が、春吉には想像もつかなかったのだ。

「このレールの上に載せて、押し出す」老人が指さした。
 機体のすぐ脇を、木製のレールが走っていた。その先端は壁の向こうに消えている。
 春吉も勿論、このレールには気づいていたのだが、単純に大きな部材の移動にでも使うのかと思っていたのだ。

「壁を壊して出すのか?」春吉が真剣に訊いた。
「まさか」老人が大笑いした。「ここから先は石の力が必要になる。さて、そろそろ石が出来た頃じゃろ。見に行くか」老人が二人を誘った。

 機械がうす青白い光を発していた。その日の朝までは見られなかった現象だ。中で最初の石が結晶化している証拠だった。

「この石は、種結晶の回りにだんだんと成長して大きくなっていく。ここまでくれば、あとは早いぞ」
 老人は、いくつかある固まりのうちで最も大きな一つを取り出して、液体の入ったガラスの容器に移した。

 容器を持って老人は、これまで二人が入ったことのない通路へと向かった。
「まるでアリの巣みたいね」
 後に続いた綾華が、正直な感想をもらした。

 そこは小さな部屋だったが、壁の一面が鉄板張りになっていて、パイプやらハンドルやらが複雑に絡み合っていた。
 思ったよりきれいなのは、老人が一人で整備していたからだ。ここ数日、ときどき姿が見えなかったのは、このためだったのだ。

「この向こうは岩をくり貫いて作った貯水槽になっていて、水が満杯になっとる」老人が鉄板を軽く叩いた。
「水?」春吉は怪訝そうな表情になる。
「これから何を?」綾華も不思議そうに訊いた。

「湯を沸かす」にやりと笑った。
 老人は壁についた小扉を開けると、手にしたガラス容器をはめ込んだ。そして、慣れた手つきでハンドルを次々と操作する。

 暫くすると、かすかにボコボコという音が聞こえてきた。
「さて、上に戻るぞ」
 老人が振り返った。

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