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第六章


「全く、手こずらせおって。われらの狙いはただ一人。おとなしく降参すれば、他の者は見逃す。悪い取り引きではないだろう」
 妙なイントネーションではあったが、立派に日本語だった。

 三人は、声の方に顔を向けた。
 潅木の影から、三人の男が歩み出た。さらにその後ろには、十人以上の男達が従っている。

「どうなんだ、ムッシュ平賀」
 喋っているのは、前の三人のうちの一番左、最も小柄な男だった。
 真ん中の男は、一際大きかった。こいつが首領のようだな、と春吉は直感した。

 男達の何人かは、武器らしきものを手にしていた。うかつに動くことはできない。
 というよりこの状況では、むしろ動けないと言った方が良かった。

「しかたがない。行くとするか」
 老人がぽつりと呟いた。
「いいのかよ、じいさん」
 春吉が思わず聞き返す。

「お前と会えて楽しかったぞ。じゃ、達者でな」
 老人が春吉の肩を軽くたたき、一歩踏み出した時、背後で扉の開く音がした。
「何者だ。ここから出ていけ」
 振り向くと、管理人が猟銃を持って立っていた。

「やめて、じいや」
 綾華が声を掛けるが、構わず一番前に進み出ると、銃を肩付けした。
「ここはお前達のような者が来るところではない。すぐに出ていけ。さもないと…」
 中央の大男に狙いをつけた。

 狙いをつけられた男が、ゆっくりと右手を上げた。同時に後方の樹上から、乾いた音が響いた。銃声だった。
 管理人が銃を落として、その場に崩折れる。
 綾華が短い悲鳴を上げた。

 老人と春吉が、管理人を抱き起こした。
「肩を撃たれただけだ。致命傷ではない」
 老人が、素早く傷の程度を見て取った。

 ほっとした表情で、春吉が綾華を見上げたとき、彼女は既に銃を取っていた。そして、止める間もなく銃爪を引いた。
 だがもちろん、綾華が銃を撃つのは始めてである。強烈な反動で、弾はあさっての方に飛び、綾華自身は派手に尻もちをついた。

 被害は出ていないものの、これは事態を転回させるきっかけとしては十分だった。
 男達の何人かが、勝手に応戦を始めた。大男が今度は素早く腕を振り上げ、制止の意思を示したが、その時には既に四人は家の中に入り込んでいた。

 待ち受けていた婦人が管理人の傍らに跪くと、傷の手当てを始めた。
 と、窓から何かが飛び込んできた。そして、それは小さく弾けると、白い煙りを吐き出し始めた。綾華の家の車庫で、彼等が使ったのと同じ物のようだった。

「ち、地下室へ。急いで…」
 傷の手当てを受けながら、管理人が喘ぐように言った。
 五人は煙りを避けるように身を屈めると、地下室への入口へと向かった。

 階段室の扉を開けた綾華は、慣れた手付きで壁にかかったランプに火を灯した。一行は、彼女を先頭に地下室へと降りていく。
 不意に老人が立ち止まった。春吉が気付いて怪訝そうに顔を向けると、つられて全員が振り返った。

 老人は一同を見回して、
「今出ていかなければ、奴等、火を放つに違いない。そんなことになったらえらいことだ。だから、わしは出ていく。お前達はここでじっとしていろ」
と言い残し、引き返そうとした。

「お、お待ちなさい。この地下室には、秘密の抜け道がある」
 管理人が言った。
 綾華の顔が驚きの表情を示す。幼い頃から彼女の遊び場だった地下室に、そんなものがあったなど初耳だったのだ。

「さ、急いで」
 管理人に促され、皆は急ぎ足で階段を下った。

 ランプに薄く照らし出された地下室は、うっすらとほこりが積もっていて、普段は使われていないことが見て取れた。
 管理人は婦人を促し、部屋の隅に向かわせた。婦人は何かごそごそやっていたが、やがて床の一角にぼこんと穴が開いた。

「ここから外に出られます。お嬢様、ランプを持ってお先に」
 管理人が綾華の肩を押した。綾華は一瞬不思議そうな顔をしたが、結局管理人の強引とも思える仕儀に逆らえず、穴の中に入った。

 続いて春吉と老人が中へ入った。
 綾華は二人が降りてくるまで、何か考え事をしていたようだったが、不意にあることに思い当たったらしく、再び穴を登ろうとし始めた。

 が、ちょうどその時、蓋が穴を塞いだ。
「じいや」綾華が叫び、蓋を叩く。だが、蓋はびくともしない。

「私が時間を稼ぎます。それに、ここに火を掛けられては、旦那様に申し訳がたちません。真直ぐ歩いていけば、外に出られます。さ、お急ぎを」
 蓋の向こうから、くぐもった管理人の声が聞こえた。そしてそれっきり、何の物音もしなくなった。

「だめ〜、いっちゃだめ〜」
 なおも蓋に取りすがろうとする綾華を、二人が引き剥がすようにして、その場を離れた。

 暫く歩いたところで、三人は地上に出た。別荘の裏手にある丘の、反対側に出たようだった。
 丘の上から覗いてみると、既に別荘は火の海となっていた。
 思わず飛び出そうとする綾華を、春吉が引き止めた。

「ほら、あそこ」
 春吉が指し示す先に、男達に取り囲まれるようにして座っている管理人夫婦が見えた。すすけてはいたものの、元気そうだった。
 二人が無事なのを確認して、綾華は心底からほっとしたようだった。

「別荘なんて、また建てればいい。建てるお金が無ければ、建てなくてもいい。じいやとばあやが生きていてくれたんだもの」
 綾華が、誰に言うともなく呟いた。
 そんな綾華を老人は、ふっと感心したように見た。

「あの様子じゃ心配いらんじゃろ。さて、ともかくここを離れよう」
 老人は、二人を促して、その場を退散することにしたのだった。

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