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第八章


 最初の両軍の接触は、地球連邦側の不幸な結果に終わった。ある意味で、不運としか言いようがなかったかもしれない。
 それは1615に起こった。

 その時、南 −回転式ステーションの場合、回転の方向を東として、全ての方位が決められる− の哨衛にはマイケルとバンディーニが当たっていた。
 決して油断していた訳ではなかったということを、彼らの名誉の為にも付け加えておくべきだろう。パープルローズの動きが彼らより数段勝っていたという以外ない。

「いつになったら現れるんだ。いらいらしながら待つより、いっそこっちから討って出たほうがよっぽど気が楽だ」
 バンディーニはだいぶ気が立っていた。
 いや、むしろ気が立っていない者など皆無であったのだから、彼の場合、その緊張の糸がほとんど切れかかっていたと言った方がふさわしかった。

「まあ、そう慌てるな。今に思う存分戦えるさ」
 マイケルは、逆にその場の雰囲気にまったくそぐわないようなおっとりした口調で相棒を制した。
「どうしてお前はそう呑気に構えていられるんだ。相手は血も涙もない殺人鬼なんだぞ。そりゃ、お前は空手の学生チャンピオンだから、少しは自信があるのかもしれないが、本気で通用するとでも思っているのか?」
 バンディーニは、甲高い声で一気にまくしたてた。

 それに対して、マイケルは無言でただにやにや笑っているばかりだった。それは彼の自信の現れ以外のなにものでもなかった。
 バンディーニは、やってられないといった調子でバリケードに背を向けて腰を下ろすと、ポケットからたばこを取り出し、火をつけた。そして大きく一服吸い込むと、いつもやっているようにマイケルに手渡そうと立ち上がった。
 マイケルはバリケードの脇の壁に、さっきと同じポーズで寄りかかっていた。薄ら笑いもそのままだった。

「いつまでへらへらしているんだ。ほら」
 たばこを差し出しても、マイケルはポーズを変えようとはしなかった。
 なんとなく異常を感じたバンディーニは、マイケルの顔を覗き込むようにしていたが、やがて、その手に持っていたたばこが床に落ちた。そして彼の口から、
「ひっ」
 という叫びとも、口笛ともつかない短い音が洩れた。顔色が青を通り越して、紙のように真っ白になっていた。

 バンディーニは体の向きを本営のほうに向け、走り出そうとしたが、足が全くついていかず、その場にもんどりうって倒れ込んだ。そのはずみで額をしたたかに打ったらしく、血がにじんでいた。その額をなでた手に付いた血を見たバンディーニは、恐怖に更に拍車がかかり、声にならない叫びをあげながら、這うように本営の方向に向かった。
 後には、先ほどから全くポーズを変えようとしないマイケルが残された。いや、変えたくても変えられなかったのだ。理由はもちろん、彼はもうこの世の人ではなかったからだった。

 おそらくバンディーニには、その死因は全くわかっていなかったろう。死、という事実のみにすっかり気を奪われていたからだ。
 もし彼が注意深く見れば、マイケルの首筋に何か鳥の羽根のようなものがくっついているのに気が付いただろう。
 それは「矢」だった。それも、吹き矢の矢だった。もちろん毒矢である。

 原始的といってしまえばそれまでであるが、その分応用範囲が広く、パープルローズの人間の常識を遥かに越えた肺活量と視力をもってすれば、へたな近代兵器顔負けの威力を発揮する。事実、この場面においても、射程はゆうに百メートルを越えていたのだった。
 連邦軍にとって不運だったのは、先にマイケルが殺られてしまったことだった。彼が生き残っていれば、もう少し事態は変わっていたかもしれない。だが、生き残ったのはバンディーニだった。その時の彼の頭の中は、とにかくその場を逃れたいというただそれ一色だった。

 そのため、敵を足止めするためのトラップを仕掛けるどころか、緊急信号を発信することすら意識の外にあった。したがって、敵を深々と侵入させることになってしまったのである。
 バンディーニが、第二ブロックへ転がり込んできたとき、ちょうど非常食コンテナを運ぼうとしていたシェルヴィ、ウェイブと鉢合わせした。

「どうしたんだ。なぜ持ち場を離れた?」
 言いながら、シェルヴィは既に答えを自らの内に見付けていた。もちろん、敵の出現以外答えはあり得なかった。
 素早く肩からライフルを降ろすと、腰だめに身構えた。そして大声で、
「敵だ。敵が南に現れた」
 と叫ぶとブロックと通路を隔てるゲートに取り付き、シャッターのスイッチを押した。シャッターが閉まり始めた。

 ブラウンは床に這いつくばったままのバンディーニを抱き起こそうとひざまづき、肩を貸して立ち上がった。
「ロニー、伏せろ」
 再びシェルヴィが叫んだ。その声に応じるかのように、二人が床に倒れた。
 シャッターが閉まった。大きくため息をついたシェルヴィは、それでも通路の方を十分警戒しながら、床に伏せたままの二人に近づいていった。

「ロニー、もういいぞ。ロベルト、大丈夫か?」
「…」
 バンディーニが、言葉にならない呻き声を上げながら、必死に上にのしかかるような格好のウェイブを振りほどこうともがいていた。
 ウェイブの体が、ごろんと横に転がった。そのまま動こうとしない。
「ロニー、おい、ロニー」
 シェルヴィの声の調子が変わっていた。抱き起こして顔を覗きこむ。その目は虚ろに虚空に焦点を結んでいた。

 やはり、ウェイブの首筋にも鳥の羽根のようなものが刺さっていた。目聡くそれを見付け、手に取ろうとしていたシェルヴィの背後から、
「触るな」
 鋭い声が飛んだ。
 振り向いたシェルビーの目に、C−128が映った。言ったのは彼だった。その後ろには、アトランタの残り四人がライフルを構えて従っていた。

「そいつは猛毒だ。絶対に触るな」
「でも…」
 なにかを言おうとするシェルヴィを制して、肩に手を置きながら、
「もう、そいつは死んでいる。気の毒だがな」
と、諭すように声をかけた。ついで、後に従ってついてきた連中に、
「ここは危険だ。彼らを連れて、ひとまずバリケードまで後退しろ」
と、指示した。

 四人はウェイブ候補生の亡骸と、それにすがりつくようなシェルヴィ、さらに頭を抱えて丸くなっているバンディーニを引きずるように、後退していった。
 その間、C−128は倉庫の隅においてあった横幅が五メートル、高さが二メートルほどもあるコンテナボックスをこん身の力を込めて押していた。軍服の上からもわかるぶ厚い上半身が、なお一層厚みを増したかのようだった。二の腕などは服を引き裂かんばかりに膨れ上がっていた。その強靭な筋肉に押されて、コンテナはじりじりと前進した。

 C−128はコンテナをシャッターのまえ一メートルのところに置くと、ライフルの先にグレネードを取り付けた。ライフルのグリップの上についたセレクト・レバーを’G’すなわちグレネード発射モードに設定した。これでマガジンと無反動バルブがロックされ、しかも自動的にガス圧が最高にセットされる。
 こうすることでガスのみが全て前方に放出され、重いグレネードを発射することが可能になる。もちろん、すでにチャンバーに送り込まれた弾丸はチャージングハンドルを引いて抽出しなければならないが、そのへんは抜かりがなかった。弾き出された弾丸がまだ空中にあるうちにキャッチして素早くポケットに仕舞い込むあたりは、全くそつがなかった。

 隔壁にへばりつくようにして身構えたC−128は、右手で銃を構えたまま左手でシャッターのスイッチを操作した。
 シャッターが開き始めた。半ばまで開いた時、コンテナの通路に向いたパネルに黒っぽいしみが三つほどついた。毒矢だった。
 C−128はすかさず通路に銃だけ出して、引金を引いた。床に向けて発射されたグレネードは、床の上を跳ねながら転がっていった。きっちり五秒後に爆発音がこだまし、床がかすかに震えた。

 三秒ほど待った後、彼は二発目のグレネードを装着し終えたライフルを床に置いて押し出し、次いで腰のホルスターからM−2091ジャイロジェット・ピストルを抜き出して親指でセイフティを解除すると、両手で構えて通路にダイブした。着地と同時に身を翻す。敵の反撃をかわすためだ。
 が、もうその必要はなかった。まだ白い煙がうっすらとたち込めている通路に、敵の姿はなかった。
 ゆっくり上体を起こしたC−128は、ピストルを構えたまま前へ進もうとした。

 その時、
「この野郎、どこへ行きやがった。出て来い」
 背後から叫び声が聞こえた。振り返ったC−128の脇を、すり抜ける人影があった。
 シェルヴィ候補生だった。彼は仲間が制止するのを振り切って突進してきたのだった。彼は無二の親友であるウェイブ候補生をヒットされて、完全に逆上していた。それが彼の命取りになった。

「まて、止まるんだ」
 C−128の制止する声も全く耳に入らないシェルヴィは、ライフルを乱射しながら通路を駆け続けた。
 が、ものの三十メートルと行かないうちにつんのめるように倒れ込んだ。
「ちっ」
 C−128は顔をしかめて、声を漏らした。
「だから言わんこっちゃない」

 C−128は腰を屈めて、ゆっくり通路を進んだ。彼にはもう既に奴らがこのエリアにはいないという確信があった。ヒット・アンド・アウェイ、それが彼らの戦術の基本だからだ。しかし、彼らがいないことが、即脅威が去ったことを意味しているわけではなかった。
 ブービー・トラップ。この長い歴史を持つ戦闘方法もまた、彼らの常套手段だった。
 C−128は、倒れたブラウンの手前三、四メートルに細いナイロンロープの切れ端しを認めた。そのロープのもう一方の端は十字路の影へと消えていた。

 用心しながら、通路に顔を出す。誰もいない。その代わりに一丁のライフルが、壁際の空調用のパイプにくくり付けられてこちらを向いていた。ロープの行き先はライフルの引金だった。
 昔からある、最も古典的なブービー・トラップだった。即ち、地上近くに細いロープを張り、それをターゲットが引っ掛けるとロープにつながれた引金が絞られ、銃が発射されてターゲットを倒すといった具合だ。

 その罠に、シェルヴィは易々とはまってしまったのだった。しかも、奴らは銃の角度をかなり前寄りにセットしていた。ここを駆け抜けることを初めから計算していたのだった。もちろん、士官学校でもブービー・トラップについては、口を酸っぱくして警告している。が、それでもこの始末である。

 まさしくこれは、アマチュアとプロフェッショナルの闘いと言えた。C−128は今更ながら、このことを痛感しない訳にはいかなかった。彼は冷たくなったシェルヴィの体を肩に担ぐと、後向きに陣地の方に引き返した。


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