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第七章


 一時間後、彼ら十五名は第三区画第二ブロックに集合していた。ここを自分達の砦と決めたのだった。
 理由は幾つかあった。

 第一に、ここがシリンダー部の最外周にあって、重力が最も強いことだった。理想を言えば、無重力のほうが体格差が帳消しになるので有利になるのだが、候補生達はまだまだ無重力に不慣れで、戦闘などは到底無理だった。彼らのことを考えると、重力はできるだけ強いほうがよかった。

 第二に、ここは基地の外壁を点検するための作業ブロックであるため、エアロックを備えていて、いざというときには基地の外へ出ることができた。もちろん、作業用ポッドも備えられている。それなら、ただちに基地外へ脱出すればいいと考えがちだが、ここにあるポッドは全部合わせても六人が乗り込めるにすぎず、しかも、もともと作業用のため、食糧はおろか酸素さえせいぜい十二時間しかもたない。脱出など初めから不可能なのである。だが、一旦外に出て奴らの背後に廻る、といった使い方なら十分可能だった。

 第三に、ここは奴らのスリープベッドの置かれている区画からすると、ちょうど反対側の端にあたっていた。ほんの気休め程度にしかならないが、少しでも遠いところに陣を張るのは当然といえば当然でもあった。
 ともかくも彼らはここを自らの命の拠り所と決め、そのための備えに余念がなかった。
 まず彼らの装備品が全て持ち込まれ、ついで近くのブロックから、食料品が運び込まれた。これらはそのままバリケードの役目も負わされることになった。

 本来なら重火器、弾薬の類いも充足させたかったが、このステーションには集積されていなかった。もっとも、この条件はそのまま敵にもあてはまるので、おあいこということができた。その代わり、いざというときには武器として使えるかもしれない幾つかの物が手に入った。主な物を挙げると、溶接機、エンジンカッター、消火用炭酸ガス弾、それに照明弾。溶接機はさっそく天井部分にあるハッチの固定に使われていた。
 C−128は、全てに渡って指示を与えていた。頼みの綱は、彼しかいなかった。

 一連の作業が流れに乗ってきたところで、C−128はメロディとレイコを目立たないように呼ぶと、通路の隅へ連れ込んだ。
「こんな時だから、率直にいう。君達は処女か?」
 突然の質問に二人は一瞬言葉を失ってしまったが、すぐにメロディが小さく口笛を鳴らした。

「あたし、あなたたちは女になんか興味がないとばかり思ってたわ。考えを変えなくちゃならないようね」
 メロディの口調には、鼻にかかった甘い匂いがあった。なかば挑発するかのようでもあった。
 一方レイコの方は耳まで真っ赤にして、うつむいたままだった。
 メロディはしばらく科をつくっていたが、やがてその顔が怪訝そうな表情に変わった。C−128の態度に、下卑たところが全くなかったからだ。

「どうした、聞こえなかったのか。君達は処女か?違うのか?」
 あくまでクールな口調だった。
「それがどうしたっていうのよ。あなたにどんな関係があるっていうの?」
 メロディはとげとげしさを隠そうともせずに言った。彼女の誘いを彼が全く無視したことに、自尊心を著しく傷つけられたからだった。逆恨みといえないこともなかったが、彼女にとって自分の美貌は絶対のものであったから、悪いのは常に相手の方だった。

 そんなメロディの思惑などお構いなしに、C−128は続けた。
「奴らは、第一モードにあるときは、女なんか見向きもしない。攻撃を仕掛けない限りはな。だが、第二モードに切り換わると、一変して底無しのレイパーに変身する。レイプは、後方撹乱の重要な戦術の一つだからだ。奴らは女とみると必ず襲ってくる。そして、絶頂の瞬間、女の首をへし折る」
 メロディとレイコは顔をしかめた。二人とも、この話題が興味本位なものでないことをはっきりと感じとっていた。

「でも、それが処女とどう関係があるの?まさか処女だって言ったら、見逃してくれるとでもいうの?」
 この期に及んでまだ皮肉たっぷりな言い方をするところをみると、メロディはそうとう根にもっているらしい。
「残念ながら奴らに何を言っても無駄だ。だから、どっちにしても奴らとは戦う以外にはない。ただ、女には男には出来ない戦い方があるということだ」

 思わせぶりな言い方に二人は裏を探っていたが、やがて、
「あっ」
 とレイコが声を漏らした。さっきまでの上気したような顔がすっかり青ざめていた。メロディもほぼ同時に気が付いたようだった。
「まさか、あいつらにやらせろっていうんじゃないでしょうね。あいつらにやらせておいて、身動きできない間にヒットしようって…。ひどい。ごめんだわ、そんなの」
 メロディの声は震えていた。さっきまでの威勢のよさは、すっかり影をひそめていた。

 C−128は小さく頭を左右に振ると、諭すように、
「誰もそんなことは言っていない。ただ、よく聞いてほしい。君達にはとにかく生き残ってほしいんだ。いいか、奴等はレイプの最中に相手を殺すことはしない。だから最後の最後まで、自ら命を断つようなまねだけはしてほしくないんだ。とくに処女にその傾向が強いから、君達に質問したんだ」
「ふふふ、やられただけで死ぬとしたら、私なんて何回死んでいるか、わかったもんじゃないわ。そうよ、私は処女じゃないわよ」

「君は?」
 C−128はレイコの方を向いて、言った。
「…」
「見りゃわかるでしょ、この朴念じん。レイコは処女よ」
 メロディが、たまりかねたように叫んだ。
「そうなのか?」
 レイコは小さく頷いた。
「そうか」

 C−128は腰に吊した雑のうに手を入れると、中からアルミフォイル製の細長い包みを二つ取りだし、二人の前へ差し出した。
「これを使ってほしい。使い方はハーフムーンと同じだ」
 ちなみに、ハーフムーンとは、軍が女性の将兵に支給している生理用品の俗称である。
「なによ、それ」
 メロディが、何か得体の知れない物でも見るような目をして言った。事実、この時点では、それは二人にとって全く得体の知れない物だった。

「奴らはただやることしか知らない。それは、奴らが好きでそうするからではなく、あらかじめ、深層睡眠学習でそうするように刷り込みがなされているからだ。だから奴らはそこに異物が挿入されていたとしても、構わず突っ込んでくる。これはその習性を利用したものだ。中には特殊な細菌が入っている。心配はいらない。解毒剤が同封されているから、それを飲んでおけば、君達は安全だ。それに、その細菌は嫌気性だから、空気に触れればすぐに死んでしまう」

 言い終えたC−128は、二人の手を順番に取って包みを握らせた。二人は包みを握った後も、暫くは身を強ばらせたまま、ただ視線を送るばかりだった。

 0800、とにかくも、陣地の構築を終えたC−128以下の将兵は、陣地の真ん中に集まっていた。すぐ脇には、野戦ベッドに横たわったT−042もいた。
「ここまでは無事にきた。だが、幸運もそう長くは続かんと思ったほうがいい。過去の例からみて、そろそろ奴らの作戦モードが切り換わるころだ。油断するな」
 集まった全員が、頷いた。だが、その顔は緊張し切ったものから、今だに実感がないのか、へんに明るいものまで様々だった。

「では今から戦術の説明をする。まず、全体を二つのグループに分ける。さらにその中の二人ずつがペアになる。このペアはどんなときにも、必ず一緒に行動する。例え、トイレの中でもだ」
 C−128の表情は全く変わらなかった。よって、これがただのジョークなのかは結局分からずじまいだった。
「二つのグループ、これをアトランタとバークレーと呼ぶ。アトランタは俺が指揮をとる。バークレーは軍曹が指揮をとる」

 軍曹が頷き、
「アトランタのメンバーは、早い話、さっきまでのレッドイーグルだ。残り、つまりブルーファルコンがバークレーになる」
と補足した。
「ペアに関しては、組み替えは原則として一切認めない。お互い、相手の命を握っている、ということを忘れるな」

「少尉。原則、というのはどういうことですか?」
 真っ先にタカハシが聞いた。彼らしいといえた。
「ペアが成立しなくなった場合、すなわち、どちらかが天国へいっちまったときだ」
 C−128の口から天国などという言葉が聞かれるとは、意外な感がなきにしもあらずだったが、案外彼はロマンチストなのかもしれなかった。

 それはそれとして、このやりとりは、候補生達に少なからずショックを与えたようだった。死というものが、急に身近なものに感じられることによって、それまでの緊張の中での多少の余裕めいた雰囲気が、一気に緊迫したそれに様変わりしてしまったのだ。
 そのせいか、誰一人としてペアの組み方に文句を言う者はいなかった。もっともペアの選定については、彼らの士官学校でのペアそのままだった訳だから、当然といえば当然でもあった。

 重苦しい空気が立ち込めていた。
 沈黙を引き裂いたのは、あくまで冷静で淡々としたC−128の声だった。
「二つのグループは前衛と後衛を六時間ごとに交替する。前衛はこの陣地を中心にそれぞれの方向に五十メートルの範囲内で展開する。後衛は敵を発見した前衛の援護のために、陣地内で待機する。睡眠は後衛のときに順番にとるものとする。まずアトランタが先に前衛を努める」

 C−128は一息置いて、全員の顔を見回したのち、
「よし。配置につけ」
 短いが、鋭い号令を発した。その声は、アトランタ・グループの六人を一斉に立ち上がらせるだけの迫力を秘めていた。そうでもしなければ、丸で実戦経験のない新米候補生達が、いさぎよく行動に移ることなど到底不可能であったろう。
 その意味でも、C−128の卓越した戦闘指揮能力の一端を窺い知るに、十分な出来事といえた。

 こうして、地球連邦宇宙軍第26騎兵連隊代表チームは、外惑星軍の最強コマンド部隊、パープル・ローズと合い対峠する準備を完了したのだった。12月30日、0800を少し回ったあたりだった。


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