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第五章


「ねえ、あれ、何かしら」
 メロディが天井近くを指差した。
「なんだ」
 ジャンもメロディの指差す方をみた。今までは周囲を見回す余裕などなかったため、全く気が付かなかったのだ。
 それは、倉庫からセンターシャフトへ荷物を運ぶリフトが、途中で止まっているのだった。リフト自体は別に珍しくはなかったが、リフトに積まれていたものが彼らの注意を引いたのだった。

 それは、棺桶のような格好をしていた。全部で8個乗っていた。たぶんそれだけだったら彼らの注意を引く事はなかったであろう。彼らの目を引いたのは、そのうちの5個の箱の側面で、いそがしく点滅する赤い光の点だった。
「なんだろう。あの光の様子からして、生命維持装置の付いたカプセルのようだな。それも生きてるってことだ。こいつは厄介なことになりそうだな」
 ジャンが見上げながら言った。

「中尉に連絡したほうが良さそうね」
 メロディがトランシーバーを取り出し、スイッチを入れようとしたとき、今度はジャンが叫んだ。
「見ろ。ランプの色が変わったぞ」
 メロディはトランシーバーのボタンに指を掛けたまま、顔を上げた。確かに光の色が赤から緑に変わっていた。二人の間に何とも言えない沈黙が流れた。一般にこの類のカプセルは、グリーンのランプが点くということは、カプセルが開封されることを意味していたからだ。

「ギャリソン中尉、ギャリソン中尉。応答願います。こちらアンダーソン候補生」
 メロディが早口で言った。
 ジャンはリフトに近づき、パネルを操作していた。彼はカプセルを降ろすつもりだった。もしこのままカプセルが開いて中に入っているもの、この場合人間である可能性が最も高いのだが、それを捕らえるにしてもヒットするにしても、このままではやりにくいためだった。

 がたんという音に続いて、低いモーター音があたりに響いた。リフトが下降を始めた。 一方、メロディは必死になって中尉を呼び続けていた。が、一向に中尉の返答は無かった。それもその筈で、頭に血が上った中尉が作業デッキを離れる際に、通信ユニットを置いてきてしまったからだった。
 とはいうものの、中尉は既に隣の第20区画まで来ていた。
 中尉が区画を隔てるドアを開けた瞬間、メロディの悲鳴がこだました。

「どうした、なんだ」
 二人を見付けるなり、有無を言わさず怒鳴りつけるつもりだった中尉は、出鼻を挫かれた格好となり、何が起こったのか全く分からないまま、立ち尽くすメロディをすばやく見付けると、走り寄った。メロディの目は一点を見続けていた。走り寄る間はちょうど死角になっていて見ることのできなかった中尉の目に、ようやく目標物が飛び込んできた。

 それは今まさに、蓋の開いたカプセルから上半身をはみださせているところだった。まぎれもなく人型をしていたが、異様に大きかった。まだ上半身しか現してはいないものの、ゆうに二メートル半を超していると思われた。
「まさか、そんな…」
 中尉の口から呟きが漏れた。が、あまりに弱々し過ぎて、メロディにも、ジャンにも聞き取ることはできなかった。信じられないものを見てしまった、という様子がありありだった。普段の豪胆な中尉からは想像もつかなかった。

 中尉は依然、呆然と立ち尽くしているメロディからライフルをもぎ取ると、ごそごそもがいている人型めがけて一連射を浴びせた。人型の背中に、青いしみがぱっぱっと散った。
「くそ」
 中尉はののしり気味に言い放つと、ライフルのマガジンリリースボタンを押すのももどかしくマガジンを引き抜くと、床に投げ捨てた。この期に及んで、訓練弾の必要などあるはずもなかった。

「実弾のマガジン、それもHEATだ」
 中尉が怒鳴った。中尉はすでに二つほど後悔をしていた。自分のライフルを持ってこなかったこと、そして、グレネードを持ってこなかったことだった。が、悔やんでも仕方がない。誰かに持ってこさせるにしろ、取りに戻るにしろ、その間に奴らは冬眠から完全に目覚めてしまうだろうし、そうなったら何を持ってこようともう奴らには通用しっこないことを、中尉は十分に承知していたからだった。

 中尉はメロディが差し出すマガジンを、ひったくるように手にすると素早くライフルに叩きこんだ。ガス圧を最大に上げてその人型に走り寄り、頭に銃口をくっつけるようにして引金を絞った。
 人型の頭から赤い液体が吹き出した。勿論今度はペイントなどではなく、本物の血だった。透明な液体が混じっていたのは脳漿も一緒に飛び出したためだろう。人型は大きくもがき、体を海老のようにそらせ、そして立ち上がった。頭を貫通した弾は首へ抜けたらしく、咽のあたりも真っ赤に染まっていた。

 人型は口を拡げ何かを叫ぼうとしたが、気管を射ち抜かれている為声にならず、呼吸の度にしゅうしゅうという気持ちの悪い音をたてるだけだった。既に頭の半分をぐしゃぐしゃにされながら、それでも動いているというのは信じ難いほどの生命力と言えた。
「マガジンだ。マガジンをよこせ」
 叫ぶ中尉の声も震え気味だった。

 再びメロディから受け取ったマガジンをセットした中尉は、今度はしっかり肩付けをして人型を狙った。そして一息に全弾を顔に向けて叩き込む。人型の顔が、真っ赤に染まった。それまで振り挙げていた腕が次第に下がってきて、そしてだらんと垂れ下がった。しかし、それでもまだ倒れなかった。
「きぇー」
 中尉が奇声をあげながら、人型の頭めがけてライフルを打ち込んだ。ライフルがまっぷたつに折れた。

 人型もゆっくり後へ倒れ込んだ。ずしーんという重々しい音が響いた。
 中尉はライフルの半分を両手で握りしめて、肩で息をしながら立っていた。立っているのがやっと、という状態だった。
「お前ら、急いでここを離れるんだ。アンダーソン、軍曹を呼び出せ。早くしろ」
 中尉はじりじり後退りしながら、言った。

 最初の一体に気を取られている間に、その後に隠れるように並んでいた四つのカプセルから次々と同じような人型が姿を現していたのだった。
 もっとも、分かっていたとしても、この状況では他にどうすることもできなかっただろう。
 幸い、まだ完全に冬眠状態から抜け切れていないらしく、動きが緩慢だった。
「早くここから出ろ、ヴェルダン。いつまで座り込んでるんだ。死にたくなかったら急げ」

 ジャンはリフトを降ろし、カプセルを見回していた時、急に一番手前のカプセルの蓋が開き、なかから人型が這い出してくるのを見てその場に座り込み、それから今まで、そのままの姿勢で、一部始終を眺めていた。いわゆる腰が抜けた状態だった。
 そのジャンが中尉の怒鳴り声でようやく腰を上げた。が、膝がすわらないため、二、三歩歩いてはすぐに転がってしまうのだった。

「中尉、軍曹が出ました」
 中尉の後から、メロディの中ば泣き声ともとれる叫び声がした。
「軍曹に伝えろ。緊急事態だ。パープルローズがいる、とな」
 中尉が言い終わるか終わらないかのうちに、一つの影が中尉に飛びついた。ゆうに五メートルの間合いがあったはずだったが、一飛びだった。

 影、即ち人型は、中尉の首を両手で掴むと、前へ突き出した。この人型も二メートルを越しているため、中尉の体は完全に宙に浮いた。
 ばたばたもがく中尉を押さえている腕が僅かに動いた。同時に、中尉の頭が、鈍い吐き気をもよおす音と共に、のけぞるように倒れた。後頭部が完全に背骨にくっついていた。もちろん、首の骨が折れない限り、そんな芸当の出来る筈もなかった。

 中尉の真後ろにいたメロディとジャンは、丁度中尉の目と合ってしまった。その顔は奇妙に歪み、その目は腐った魚のように白かった。
 二人はほぼ同時に、胃の中のもの全てを辺り一面に飛び散らせていた。


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