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第四章


 VTOLの中は思ったより狭かった。中にはすでに二人の男が乗り込んでいた。勿論、捜査四課の男達である。
 そういえば、名前の紹介がまだ済んでいなかったはずなので、ここで簡単なコメントも添えて紹介しておこう。

 あの、課長に向かって熱弁をふるっていた男、彼の名はモリヤマ・シュンイチ。通称マイク。その由来は諸説あって、定かではない。二十六歳。独身。四課の若手の中ではなかなかの有望株で、すでに極東支局長賞を四回受賞している。熱血漢であることは、敢えて言うまでもないだろう。彼には現役の捜査官としての顔の他にもう一つの側面があるのだが、それはすぐに明らかになるので後回しにして、もう一人の紹介に移らせて頂く。

 セルゲイ・I・アントーノフ、というのが彼の名前だ。通称スミス。年令は二十八歳、婚約中である。ニックネームからも分かるように、銃器にかけては支局ピカ一のエキスパートで、オリンピックの金メダリストでもある。一見何を考えているのか分からないようなところがあるのは、先のエピソードでもお分かりの通りである。
 ジュリーとまりんは、この男達と膝を突き合せるようにして座った。

「やあ、ごくろうさまです。任務が終わってお疲れのところを、休む間もなく駆り出してしまって」
 マイクが恐縮して言った。
 ジュリーはこの時、始めてマイクを面と向かって見たのだったが、その瞬間、
「あーっ」
 奇声を上げてしまった。

「どうか、…なさいましたか」
 驚いたのはマイクである。いかに捜査課の猛者といえど、Gの気を損ねたと思うと −少なくとも本人はそう思った− 、さすがにびびってしまったのだ。
「あ、いえ。なんでもないわ。おほほほ…」
 得意のごまかし笑いでその場をしのいだジュリーだった。

−なんでこうなんのよ。まさかモリヤマ教官と一緒になるなんて−
 ジュリーの頭の中は大混乱に陥っていた。そう。教官という言葉でも分かるとおり、先程のマイクのもう一つの側面というのは、SFBI捜査官養成学校の格闘技担当教官というものだった。

 もちろん、ジュリーはマイクがSFBIの現役捜査官だということは知っていたし、いずれは署内で顔を合わせるものと思っていたが、まさか初日から、それもチームを組んで仕事をする −詐欺を働く?− などとは思いもよらなかったからだ。
 エンジン音が一段と高くなったかと思う間もなく、がたんと機体が揺れ、VTOLはお尻の方から空中に浮かび上がった。

 そのため、前を向いて座っていたジュリーとまりんはつんのめるようにして、それぞれの前に座っていたマイクとスミスに抱きつくような格好になってしまった。
「し、しつれい」
 ジュリーは慌てて席に戻った。
「ど、どういたしまして」
 マイクもいささか取り乱していたが、その原因が全く別々なのは言うまでもない。

 一方まりんの方はといえば、例のぬいぐるみを挾んでスミスに身体を預けたまま、とくに慌てた様子もなく、彼に向かって笑顔を振りまいていた。スミスのほうも格別変わった様子をみせなかったが、心中は穏やかでなかったに違いない。
 そんな様子を見て、なぜか無性に腹が立ってきたジュリーは、
「いつまで何してるのよ」
 まりんを座席に引き戻した。

 スミスが、軽く溜め息をついた。
「なにするんですか」
 例によってまりんがふくれてみせた。
 なんとなく険悪な雰囲気になりそうなのを察してか、
「さて、まだ任務の内容をお知らせしていませんでしたよね」
 マイクが口を挟んだ。

「は、はい」
 ジュリーが答えた。いよいよ正念場だ。急速に緊張感が高まってくる。
「我々が向かっているのは、ハチジョウジマにある連邦極東スペースポートです」

 地球連邦は宇宙との窓口として、世界中に七つのスペースポートを有している。正確には、地球連邦の管理区域の最外郭は軌道上のステーションということになるのだが、ステーションはその特殊な環境から厳しい入出国チェックが出来ないため −事実、連邦はステーション開設の初期においてあまりに取締を厳しくしたため、逃げ場を失った犯罪者がステーションを破壊して、その場に居合わせた全員の命が失われるという、苦い経験を持っている− 、必然的に地上の中継基地がその最前線とならざるを得なかった。そのため地上基地は全て離島に設けられ、強力な監視体勢が敷かれているのだった。

「お二人もご存じのとおり、現在世界に出回っている麻薬の九十パーセントは宇宙、それもほとんどが火星から持ち込まれています。あれだけ厳しいチェックを行ってもなお、です」
 マイクの表情は真剣そのものだった。
 ジュリーの心の片隅から、じわじわと不安感が拡がり始めていた。自分は何かとんでもないことに巻き込まれつつある。そんな予感があった。

 マイクは、さらに続けた。
「我々は、極東ステーションで、最近かなりひんぱんに取引が行われ始めた、という情報を手に入れました。そしてレベルFの捜査官を潜入させ、今日、取り引きが行われるという情報を掴みました。しかし、残念ながらその捜査官は身分がばれ、消されました。だが、彼の命をかけた偽装のおかげで、奴らは我々にまだ情報が流れていないと信じています。だから取り引きは、確実に行われる」

 マイクの力の入りようから、彼がその殉職した捜査官と大変親しかったということが容易に想像出来よう。
「奴らは、足がつかないよう、取り引きの使い走りにしろうとを、それもほとんどの場合、高級コールガールを使います。それでお二人にはそのような格好をしていただいたわけです。相手はプロです。いろんな意味でプロです。だから、レベルF以下ではこの役は勤まらない。なぜなら、コールガールには独特の匂いがある。これは演技では到底出し得ないものです。あなたがたのように本当に…」

 マイクは、感情が昂ぶったあまり、暴走してしまったようだった。
 彼が何を言おうとしたか、説明の必要はあるまい。だが、それは、たとえプロの潜入捜査官とはいえ、うら若き女性に向かって言うべきことではなかった。
 マイクは殴られることを覚悟した。じっとうつむいて、相手のなすがままに身を任せるつもりだった。

 が、なにごとも起こらなかった。顔を上げたマイクの目に、うなだれたジュリーと、心配そうにジュリーを見やるまりんの姿が映った。
「あ、あの、ちょっと言い過ぎたようです。決して、そんなつもりで…」
 マイクは、てっきりジュリーがマイクの言葉に傷ついて、落ち込んでいるものと思い込んでしまっていた。そんなマイク、それにスミスにとって、ジュリーが次に示した反応は、全く予想外のものだった。

 ジュリーはうつむいたままサングラスを外し、次いでかつらをむしりとった。バッグからハンカチを取り出して、顔を拭って化粧を落とすと、ゆっくり顔を上げた。その目には涙が一杯に溜まっていた。
 マイクは、そんなジュリーの顔を、ぽかんとした表情で眺めていた。何が起こったのか理解が追いつかなかったのだった。が、次第に落ち着きを取り戻したマイクは、ある瞬間に何かが弾けるように事の真相を理解する鍵を手に入れた。

「お、おまえは、…・」
 ジュリーを指差しながらかろうじてそこまで言ったマイクだが、あとが続かなかった。まさかこんなことが起こり得るなんて、そう簡単には納得が出来なかったからだ。
「ごめんなさい」
 とたんにジュリーの目から、堰を切ったように涙が溢れ出してきた。声を上げて泣くジュリー。ジュリーを指差したままのマイク。この二人を交互に眺めては、何が起こったか全く理解できないスミスとまりん。

 四人の中で、はじめに口を開いたのは、スミスだった。
「マイク、説明しろ。どういうことなんだ」 彼の口調には状況が理解出来ない苛立ちが込められていた。
「ジュリエット・A・ジャクソン。そうだな マイクが、掠れた声でかろうじて言った。「知り合いか」
「ああ。SFBI捜査官養成学校の学生だ」

「なーにー」
 スミスが甲高い声で叫んだ。
「養成学校の学生がレベルGだと」
 スミスには、事の真相がまだ理解できていなかった。
「そんな訳ないだろう。どこでどうなったのか見当もつかんが、目の前にいる二人はただの捜査官の卵だ」
 マイクは吐き棄てるように言った。

 それまで黙っていたまりんが、
「あたしは違いますよー。ただの高校生ですけど」
 遠慮がちに、だが、きっぱりと言った。
「そんなことはどうでもいい。あーっ。もうだめだ。なにもかもおしまいだ」
 マイクは大声でわめくと、頭を抱え込んだ「ごめんなさい。まさか、わたし、こんなことになるなんて…」
 ジュリーが涙声で言った。

 確かに、ジュリーは事態をもっと楽感的に捉えていたのだった。つまり、自分達はせいぜいカモフラージュ用のエキストラぐらいの役どころだろうとたかをくくっていたのだ。それがまさか、主役を演じなければならないことになろうとは。
「やれやれ。ま、朝の段階でボツになったと思って、あきらめるしかなさそうだな」
 スミスが、マイクをなぐさめるように言った。

「あのー。あたし達が間違われたってことは、本物の方達も来るはずだったってことでしょう。今からでも、本物の方達に来てもらったらどうですか」
 まりんが提案した。ジュリーの泣き声が止まった。
「いいところに気が付いたが、残念だったね。我々が使える飛行機は、このVTOLしかない。だから、仮に今すぐ引き返して、本物のレベルGを乗せて全速で直行しても、一時間はロスする。それでは取り引きに間に合わないんだ」
 スミスが説明した。再び、ジュリーの泣き声が響き出した。

「なら、答えは一つ。あたし達がやるしかないですね」
 まりんがさらりと言った。全くこの娘は何をどこまで分かって言ってるのかがさっぱり分からない。
 その場の空気が一瞬凍りついてしまった。ジュリーは泣くことをやめ、マイクは顔を上げ、スミスは目だけを動かして、全員がまりんを注目した。

 事情を全く知らない素人の発想といってしまえばそれまでだが、ここでのまりんがオッドマン的存在であったことに間違いはなく、結果的にはこれが良い方へ作用することになる。
「あんたねー、自分が何言ってんのか分かってんの。いいえ、分かってないわ」
 ジュリーは首を振りながら言った。
「案外、いけるかもしれんな」
 呟いたのはスミスだった。
「なわけないだろう」
 マイクがわめいた。

「まあ聞け。我々が奴等との取り引きで、今までことごとく失敗してきたのは、レベルEやFの捜査官を使ってきたからだった。連中は芝居を打つには未熟すぎ、芝居をしないには余分な事を知りすぎていた。要するに中途半端だったってわけだ。だが、この二人は全くの素人だ。まさか奴等だって、そんなことは予想もしていないはずだ。可能性は決して低くはない。ただ一つの問題を除いてな」
 スミスは腕を組んで、座席に深々と沈み込んだ。

「なんだ、その問題というのは」
 マイクが身を乗り出した。さっきまでの投げ遣りの態度から打って変わって、気力の充実を感じさせた。
「素人を使った場合の法的制裁だ」
 スミスが静かに言った。
「いいか。もしうまく行ったとしても、素人を使ったことが公になったら、我々は首が飛ぶ。まして失敗して二人が最悪命を落としでもしたら、本局の長官まで含めて何人の首が飛ぶか知れたものじゃない」

「やっぱり駄目じゃないか。期待させやがって」
 マイクは再び頭を抱えて沈み込んだ。
「それなら問題ありません」
 ジュリーの声だった。さっきまでの涙声と違って、きっぱりした口調だった。
「私は、SFBIの養成学校の学生です。ですから、捜査に従事する十分な法的根拠が有ります。それから彼女のことですが」

 ジュリーはまりんを見やった。
「SFBI服務規定第二百十四条の三項によれば、レベルF以上の捜査官は、現場の状況によって必要と判断されたとき、民間人の協力者を一時的に助手に任命できることになっています」
「さすがに現役の学生だ。よく覚えているな。だがその条項には、協力者の生命に危険が及ばない限りにおいて、という但し書きがついていることを忘れているんじゃないか」

 スミスがやんわりと切り返した。が、ジュリーはいささかもひるまず、
「その判断は、現場の捜査官に一任されています。正式記録さえ残しておけば、少なくとも法的制裁だけは回避されます。それに」
 そこまで言ってジュリーはまりんを自分の方へ引き寄せ、
「この子は私が命に代えても守ります。こうなったのはそもそも私の責任です。ですから、ぜひやらせて下さい」

 ジュリーの決意はセラミックのように固かった。
「どうする、マイク。チーフのお前が決めることだ」
 スミスが決断を求めた。
「やるしかないだろう」
 マイクが決然と答えた。
「じゃ、決まりだ。よし、さっそく記録をとるか」
 スミスはマイクロ・レコーダを取り出し、所定の手続きに従って、二人を臨時捜査官助手に任命した。


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