ホーム創作ストーリージュリーとまりん>第二章

前章へ 目次へ 次章へ

第二章


 捜査四課。ここは、密貿易の取り締まりを主務とする部門である。
 片隅にデスクを構えるのは、この課の課長。デスクの前には二人の課員が立っている。なんとなく殺気だった雰囲気が漂っているが、その訳は彼らの会話に立ち入ることで明かになりそうだ。しばし耳を傾けてみよう。

「弱ったことになった。今日のヤマなんだが、予定していたレベルGのメンバーが、シャトルの事故で間に合わなくなりそうなんだ。今大急ぎで代わりのメンバーの手当てをしているところなんだが、君達も知ってのとおり、Gは一切がブリュッセルの本局の管轄下にある。我々の力だけではどうすることもできない。それで君達に相談なんだが、G抜きで今日のヤマがこなせるかどうか、意見を聞きたい。もし、君達がノーだというならしかたがない。今回は見送ることにする」

「課長。なにを今さら。ここまでこぎつけるのにどれだけの犠牲を払ったか、課長もよくご存じのはずでしょう。たとえGが間に合わなくても、いや、他の誰がやめるといっても、俺一人ででもやります。いざとなったら俺が女装してでもやりとげます」
 二人のうちの一人が、語気も荒くまくしたてた。
「おお、それ、いい考え。お前の女装なら十分通用するぜ。いっちょうそうするか」
 もう一人の男が、冗談とも本気ともつかないような言い方で相槌を打った。

「あのなー。俺は本気なんだ。おちゃらかすのはよしてくれ」
「俺だってそうさ。だから早く衣装室へ行こうぜ」
 男の口調は相変らずだ。
「まあまあ二人ともよさんか。この際女装の話は抜きだ。他には」
 課長がブレイクを命じた。

「行ってから考えます。とにかく行かせて下さい。今日を逃したら、今度はいつチャンスが巡ってくるか分かったもんじゃない。もしかしたら、永久に巡ってこないかもしれないんですよ」
「だがもし失敗したら、それこそ永久にさよならだ」
「お前、よっぽどやりたくないようだな。なら結構。どうぞおりてくれ」
「そう熱くなるなよ。おれは、確率の低いことは無理押しするもんじゃないって言いたいだけさ」

「確率なんて問題じゃない。要はやりとげようとする意志があるかないかだ。だいたいお前は、すぐ確率がどうのこうのって始めるが、…」
 電話が鳴った。すばやく課長がとる。
「おい。本局から入電だ。…なに、見つかったか。そうか。よし」
 課長は電話を置くと、ゆっくり椅子にもたれかかった。

「よかった。ちょうど別の任務が終わったばかりのチームが、都内にいるそうだ。本人への連絡はついたそうだから、じきここへ着くだろう。資料は最優先で送ってくれるそうだ」
「ふーっ。心配させやがって」
 さきほどから熱弁をふるっていた男が、大きく溜息を吐いた。
「よし、じゃ予定どおりに頼む」
 課長が、再び身を乗りだしながら言った。

「了解」
 二人の男たちは課長に向かって敬礼をすると、デスクの前を離れた。
「二人の入署登録の手続きを忘れるな。直接管理課へ行って頼んでおけよ」
 課長の声が追いかけてきた。
「分かってますよ」
 熱弁の男が背中越しに答えた。

 所変わって、管理課のオフィス。

 入口近くにある受付カウンターを挾んで、二人の男が会話を交わしていた。
 一人は管理課員で、もう一人はファイル課員だった。彼ら二人は今回のストーリーではあまり重要なキャラクターではないので、紙幅の都合もあり、名前の紹介は省略させていただく。…って、よく考えたら、あっさり名前を記したほうがよっぽどスペースをとらずに済むんだった。しっぱい。

 話を戻そう。ファイル課員がなぜここにいるのかといえば、その日から配属になる実習生の入署手続きをとるためだった。
 二人の実習生とは、…そう、そのとおり。ジュリーとまりんのことだ。
 いつもは自分達のオフィスから、メイン・コンピュータ経由で手続きができるのだが、その日に限って、特急情報の転送が突然入ったおかげで、メイン・コンピュータが一切アクセスできなくなったため、わざわざ管理課まで出向いて、直接管理コンピュータに入力せざるを得なくなってしまったのだった。

 その特急情報というのは、これまたお察しのとおり、本局から調査四課宛てに転送されたレベルGの情報である。
「また、実習生ですか」
 管理課員が、にやにやしながら言った。
「ああ。毎度のことだけどな。いいかげんお偉方も考えてほしいよ。実習生っていうとかならずうちの課だもんな」
「まあ、しかたないんじゃないですか。しろうとにもこなせる内勤の部署といったら、限られてしまいますからね」

「たまには外勤でもいいんじゃないの。最近の学生はたるんでるからな。現場の荒波にもまれでもすりゃ、少しはしゃきっとするんじゃないか」
「でも今度来るのは女子学生でしょ。先輩向きじゃないですか」
「冗談じゃないよ。俺、あいつらの相手してると頭痛くなってくるんだよね。せめて、もう少し歳が上ならな」
「それは先輩が歳を取ったという証拠ですよ」

「何を言うか、こいつ」
 と、ファイル課員が管理課員の頭を小突こうとしたとき、そこへ四課の男、あの熱弁家があわただしく入ってきた。その勢いに押されて、二人の会話が中断した。
「ちょっと失礼。至急入所登録をして欲しいんだ。二人いる。詳しくは書類を見てくれ。大至急だぞ。じゃ頼む」

 男は書類をカウンターの上に置くと、入ってきたときと同じ勢いで、飛び出していった。
「おい、今の捜査四課だろ。なにか事件かな」
 ファイル課の男が、興味深げに言った。
「ちょっと、見せてみろ」
 ファイル課員が、書類を取り上げた。
「あ、先輩、だめですよ。マル秘の印が押してあるでしょう」
 管理課員が慌てて取り返そうとしたが、

「まあまあ、いいじゃないか。お前と俺の仲だろう」
 と、なかなか返そうとしない。
「なになに、女が二人。お、歳は二十五に二十七か。目的はと、…。書類整理のアシスタント?たかがアシスタントに何を急いでるんだ」
 拍子抜けのしたファイル課員は、書類を返しながら言った。
「だいたい捜査の連中は、なにかってーと、さも自分達は凄いことやってんだぞってとこ見せたがるんだよな。嫌いだよ、俺は」

「先輩、いいんですか。そろそろ実習生達が来るんじゃないんですか。早いとこ登録しないと、お小言をくいますよ」
「お、いけねいけね。じゃ、これ頼んだぞ」
 ファイル課員はポケットから書類を出すと、管理課員に手渡した。

「な、おい。物は相談だがな。そっちの二人とこっちの二人。こっそり入れ替えといてくれないか。もう学生の相手は飽き飽きだ。大人の女と仕事がしたい」
 ファイル課員が小声で囁いた。
 表情が厳しくなり、口を開きかけた管理課員を制して、
「冗談だよ。冗談」
 ファイル課員は大声で笑いながら、カウンターを離れた。

 彼の意志がどこまで影響を及ぼしたのかは定かではないが、結果として彼が希望したとおりの事態になってしまうことを、勿論この時の彼は知るよしもなかった。


前章へ 目次へ 次章へ

Home] [History] [CG] [Story] [Photo] [evaCG] [evaGIF] [evaText