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第八章


 空から見る夕焼けが、美しかった。さっきまでのあの喧噪が、嘘のように静かな光景だった。

 啓士と宏幸の乗った陸自のヘリが、別荘上空に着いた頃には既に火災は収まっていて、白い蒸気が僅かに立ち上っている程度だった。
 別荘は、火元と思われる一角が完全に焼け落ちていて、その周りを消防車の赤いランプが取り囲んでいるのが見て取れた。

 ヘリは、救急車両の邪魔にならないよう、駐車場脇の芝生に着陸した。
 救急車の傍らで、手当てを受けている女性の姿を見つけて、二人は駆け寄った。やはり、由記だった。

 二人に気が付いた由記は、軽く片手を上げた。足を捻挫しているが、あとは擦り傷や軽い打撲で、軽症とのことだった。
「少年は?」啓士が聞いた。

「レスキュー隊員の話だと、琢磨君は意識不明の重体。でも、一緒に居たはずの妙子さんの姿が見当たらないそうなの。ただ、琢磨君の上半身は血だらけで、それがどうも妙子さんの血液らしいんで、もしかしたら琢磨君に…。最終的には、警察の検証を待たなければならないけど」

 由記の声は、今にも消え入りそうだった。彼女を救えなかったことで、自責の念にかられているようだった。勿論、それは由記のせいではなかった。
−自責の念、か−
 改めて心の中で呟いてみて、啓士には、はっとするものがあった。他人事ではなかったのだ。

「映像を送り込んできたのは、やはり彼か?」
 啓士の声が掠れ気味だったことに、由記は気付かないようだった。
「ええ」あのときの光景を思い出した由記は、軽く身震いした。

「マシンは?」
 尤も、啓士には聞かなくても想像がついていた。目の前の光景からすれば。
「原形を止めていないそうよ」
 啓士は小さく溜め息をついた。そしてしばし、沈黙が流れた。

「念のため、病院で検査を受けて頂きます。その後、警察の事情聴取がありますので、警察官が同行します」
 救急隊員が割り込んできた。その後ろには、刑事らしい人物が立っている。

 状況からして、由記には放火、傷害といった犯罪の嫌疑が掛けられても、いたしかたない面があった。現に、住居不法侵入は間違いのないところだ。由記の表情が曇った。そして啓士は、その表情を見逃さなかった。

「あの、付き添ってもよろしいでしょうか?」啓士が尋ねた。
「身内の方ですか?」救急隊員が聞き返す。
「はい、夫です。…あ、いや、もう間もなくですが…」

 由記の顔が、驚きの表情に染まった。啓士は力強く頷いてみせた。由記の表情が、驚きから歓喜と安堵の入り交じったものへと変わった。
 救急隊員は刑事と目で会話していたが、
「まぁ、いいでしょう。どうぞ」
と、車内に招き入れた。

「済まん、先に帰ってくれ」
 宏幸に向かって振り返った啓士だったが、既に宏幸はヘリに向かって、さっさと歩き出していた。啓士の声に宏幸は後ろ向きのまま、肩をすぼめながら両手を上げてみせた。付き合いきれん、と言わんばかりに。


 結局、琢磨は一命を取りとめた。だが、意識を取り戻した彼は、その人生における殆どの記憶を失っていた。
 それに、メカを見ると反射的に怖がるようになったという。彼が再びメカに目覚めることはないだろう、というのが医師の診断だった。
 彼の作った世界は、その天性の才能とともに完全に失われた。

 VR−Gは、緊急停止のおかげで全てのデータが破壊されていた。
 復元も試みられたが、失敗に終わった。いきなり電源を切られ、あれだけの水を浴びせかけられれば無理もなかった。だからといって、あの場合はあれ以外の方法がなかったことも、また事実であった。責任問題は、従って発生しなかった。

 蛇足ながら附記するならば、由記の犯罪の嫌疑はすぐに晴れた。住居不法侵入も、不問に伏された。噂では、事を荒立てることを嫌った八州の線から、圧力がかかったという。だが、真相は勿論、由記や啓士の知るところではなかった。

 妙子は、見つからなかった。衣服の燃え残り以外は、遺体の一部すら発見されなかったことから、生存している可能性が高いとされはしたが、警察の必死の捜索にもかかわらず、ようとして行方が掴めなかった。程なくして、捜査は打ち切られた。


「あの日」から四週間後。
 VR研のカフェテリアに、啓士、由記、そして宏幸の姿があった。三人が揃って顔を合わせたのは、あの日以来初めてのことだった。それぞれの事後処理が、ようやく片付いたのだった。

 その間、Gは姿を現さなかった。逆に言えば、現れて欲しくなかった、というのが啓士達の本音だった。彼等にとってそれは、自分達のシステムが効果的だったと信じたいという側面と、今来られても対抗手段がないという側面の、両方の意味があった。

 正式なスポンサーが付いていないにもかかわらず、啓士達は既にVR−GIIに取り掛かっていた。データが消失してしまった以上、記憶が鮮明なうちに出来るだけのことをしておかなければ、というのが理由だった。

 そんな啓士に、相変わらず由記は批判的だった。
「なんだって、最新の科学技術をそんな野蛮なことに使うのかしら。私はね、人のためになることに使うべきだと思うの」
 由記は両手に持ったカップから、コーヒーを一口すすった。

「どこが野蛮なのさ。それに俺たちのやってることだって、充分人のためになるぜ」
 啓士が返した。
「あなたのは、結局破壊を引き起こすだけじゃないの。私が言ってるのは、もっとこう建設的なことにって…」

−またはじまった。この二人は顔を突き合わせるとこの話だ−
 宏幸は毎度お馴染みの展開に、苦笑を禁じ得なかった。
 だが宏幸には、いつものジョークが言えなかった。
−おいおい、マジだったのかよ−

 というのも、由記がカップを置く瞬間、薬指にはめられた銀色のリングが、きらっと輝いて宏幸の目を射たからだった。

−完−


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