ホーム創作ストーリーG外伝・#001>第四章

前章へ 目次へ 次章へ

第四章


 その後、Tからのアクセスはふっつりと途絶えた。
 由記は、気にはなったものの、依然直接コンタクトをとることも出来ず、また、なにより本業の方が忙しかったために、時間ばかりが過ぎ去っていくに任せる外、術がなかったのだ。

 ただ、たとえ短時間でも、毎晩コンソールの前に座ることだけは欠かさずにいた。それだけが、二人の絆だったからだ。
 そうして、最後の交信から三週間が過ぎようとしていた。

 G撃退用VRシステム、通称「VR−G」の開発は、啓士と宏幸を中心に急ピッチで進められていた。

 このシステムは、一般のVR装置と基本的に動作原理は同じだが、相手が相手だけにその実現方法は大きく異なっている。
 まず、Gに仮想映像をどうやって見せるかだが、勿論、奴にヘッドマウントディスプレイを被せる訳にはいかない。

 その替わりをさせるのが「プローブ」と呼ばれる、筒状の装置である。
 これは一種のロボットで、まずミサイルの先端に取り付けられてGに打ち込まれる。すると自走して血管に入り込み、血流に乗って体内を移動し、最終的に視神経系までたどり着くと、電極を神経に打ち込んで直接映像を送る仕組みになっている。

 さらにもう一つ、Gに取り付く機器に「センサ」というものがある。これは、Gの脳波や血圧、心拍数といった生理情報を収集して送信する装置で、GのVRに対する反応を間接的に判断する材料とするものだ。現在の科学では、残念ながらGの脳が本当に見ている世界を、直接モニタする手だてはない。あくまでGの外見の様子と、このセンサから送られてくる生理情報から推測するしかないのだ。

 プローブの開発には、二つの特別チームが参加していた。ロボット工学チームと視神経の研究チームである。
 元々視神経に映像を送り込む研究は、VRとは別に進められていた。だが、その実験の困難さから、研究の進度は必ずしも充分とは言えなかった。それが今回、例え相手はGとはいえ、この分野での研究を飛躍的に前進させるための貴重なデータが採れるはずだった。

 また、プローブはその大きさの制限から、あまり受信感度を高くすることが出来ない。そこで、VR研から衛星を経由して受信したデータを増幅して、プローブに送り込むのが「ブースター」と呼ばれる中継施設である。
 ブースターは人的被害を最小限に食い止めるため、相模湾沖の無人島、X島に設置が進められている。そして、ここがGを仮想世界に誘う舞台ともなるのだ。

 プローブの開発は順調に進み、最終行程に突入していた。
 一方、X島の中継基地建設も、当初の計画どおり、工科とヘリコプター部隊の演習にその多くを組み込むことで、経費と工期をかなり短縮することが出来た。
 そして、作成に最も手間のかかる映像データも、アミューズメント施設用に開発したものを流用することが急遽決定し、これも開発期間を大幅に短縮するメドが立った。

 全ては、予想通り、いや予想以上に順調に進んでいった。

 次にTがアクセスしてきたのは最後の交信から五週間後、「VR−G」が最終デバッグに入った頃だった。
T 「やあ、久しぶり」
由記「心配したわよ。何かあったんじゃないかと思って」

T 「さっそく本題に入る。VR−4型を用意して」
 VR−4型とは、琢磨の屋敷に運び込んだものと同型の装置である。
由記「ここにはないわ。実験室へ行かないと」
T 「じゃ移動して」

由記「分かったわ。15分後にもう一度アクセスして。アドレスは…」
 と、VR装置固有のアドレス番号をタイプした。
 由記は大急ぎで、実験室へ向かった。

 こういう肝心な時に限って、啓士と宏幸は不在だった。二人は「VR−G」中継基地の建設の視察に出かけていて、留守だったのだ。
 一人でやるにはリスクが大き過ぎるかもしれない。だが、他に方法はなかった。

 実験室に駆け込むと、由記は早速VR装置の電源を入れ、慣れた手つきで操作を進めた。
 システムレディになったと同時に、サブディスプレイにコールメッセージが飛び込んできた。Tからのアクセスだった。

「用意できたわ」
 由記がメッセージを送ると、画面がデータ転送のモードに切り替わり、次いで大量のデータが送り込まれ始めた。由記はその様子をただ見守るだけだった。

 完了するまでたっぷり三十分はかかったろうか。最後に、
「では僕の作った世界を見て」
と表示された。

 由記にためらいがない訳ではなかった。T、すなわち琢磨のプログラマとしての腕は未知数だ。VRプログラムのバグは、被験者の生命までをも脅かしかねないことは、百も承知だった。
 だが、ここは賭けてみるしかない。由記はヘッドセットを被ると、システムをランさせた。

 映像が表示された。それは空中から眺めた、都市の風景だった。
 由記には見覚えがあった。新宿副都心を模したと思われるその風景は、先日部内公開された「VR−G」用の映像に酷似していた。Tはこんなものまで盗み出していたのであろうか?研究所のセキュリティを考えると可能性は低そうに思えたが、とにかく現に、それが目の前に展開されていることは事実だった。

 暫くして、由記は不思議な感覚におそわれ始めた。はじめ、由記にはその原因が分からなかった。視点も安定しているし、相変わらず都市の風景が映し出されているだけだからだ。やがて、映像のディティールが、時々奇妙に歪むことに原因があるのに、ようやく気付いた。

 まるで船酔いのような感覚に、
「バグ?」
 由記の脳裏に一瞬恐怖が走ったが、ここで止める訳にはいかなかった。最後まで付き合うしかない。

 やがて視点は一つの高層ビルへと接近し、目前まで迫ったところで上昇を始めた。
 窓ガラスが上から下へと次々流れ過ぎ、屋上にまで達した瞬間、ビルの向こうに「それ」は出し抜けに現れた。

 Gだった。

 由記は思わず息を呑んだ。その姿、ディティール、動き、どれをとってもVRとは思えない迫力があった。
 由記は見つめた。いや、目を離すことができなかったのだ。
 Gは大きく口を開いた。咆哮が世界に轟いた。

 頭の後ろから笑い声が、最初は小さく、やがて全方向から由記を包み込むように大音量で鳴り響いた。声の主は勿論、Tである。由記は、ほとんど無意識のうちに接続をカットした。

 静けさの戻った薄暗い部屋で、由記は呆然としていた。全身冷や汗に塗れていることに気づいたのは、暫く経ってからのことである。

 丁度同じ時刻。駿河湾沖の水深二百メートルの海底で、ある巨大生物が深い眠りから開放され、その瞼を開いた。G、目覚める。


前章へ 目次へ 次章へ

Home] [History] [CG] [Story] [Photo] [evaCG] [evaGIF] [evaText